上石津ミサンザイ古墳(履中天皇陵)

大阪府堺市西区石津ヶ丘にある百舌鳥古墳群(もずこふんぐん)のひとつで国内第3位の規模を誇る前方後円墳が上石津ミサンザイ古墳。宮内庁により「百舌鳥耳原南陵(もずのみみはらのみなみのみささぎ)」として第17代履中天皇(りちゅうてんのう)の陵に治定され、履中天皇陵と呼ばれています(実際の被葬者は不明です)。

「ミサンザイ」とは、陵(みささぎ=天皇陵)のこと

国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成
上石津ミサンザイ古墳(履中天皇陵)
履中天皇陵の拝所

墳丘長365m(後円部直径205m・高さ27.6m、前方部幅235m・高さ25.3m)という巨大な古墳で、3段になっていて、西側のくびれ部には造出しが築かれています。
現在、周濠は一重ですが、幅10mほどの二重目の濠があったことが確認されていますが、周辺の都市化とともに判然としません。

ミサンザイ古墳の「ミサンザイ」とは、陵(みささぎ=天皇陵)が転訛したもの。
さらに上石津は泉北郡神石村上石津(現・堺市西区石津ヶ丘)という地域の名前です。

従者や親族、副葬品を埋葬する陪塚は、10基以上あったことが判明。
そのなかの七観山古墳は出土資料などから、大仙陵古墳(仁徳天皇陵古墳)よりも古くに造られたことが判明しています。

築造されたのは5世紀初頭で、第15代・応神天皇ー第16代・仁徳天皇ー第17代・履中天皇で、仁徳天皇の第一皇子が履中天皇ということから考えれば、大仙陵古墳(仁徳天皇陵古墳)と上石津ミサンザイ古墳(履中天皇陵)が築かれた年代が逆転することになるため、被葬者は定かでないことになります。

大仙陵古墳(仁徳天皇陵)を含む百舌鳥古墳群、誉田御廟山古墳(応神天皇陵)を含む古市古墳群が世界遺産「百舌鳥・古市古墳群」に登録されています。

上石津ミサンザイ古墳(履中天皇陵)
名称上石津ミサンザイ古墳(履中天皇陵)/かみいしづがみさんざいこふん(りちゅうてんのうりょう)
所在地大阪府堺市西区石津ヶ丘
関連HP堺市公式ホームページ
電車・バスでJR阪和線上野芝駅から徒歩5分
ドライブで阪神高速15号堺線堺出口から約3km
駐車場大仙公園第2駐車場(149台/有料)
問い合わせ堺市文化観光局博物館学芸課
TEL:072-245-6201/FAX:072-245-6263
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
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