大分県竹田市にある天神山に築かれた梯郭式山城が、岡城(豊後竹田城)。岡藩(竹田藩)の藩庁にもなった城域は、東西2500m、南北362mにも及び、石垣などの遺構が残され国の史跡になっています。その中心となる曲輪(くるわ)が本丸で、本丸跡の石垣などが残されています。
天神山の最高所に代用天守・御三階櫓が建っていた!
岡城(豊後竹田城)は、阿蘇山の火砕流で生まれた溶結凝灰岩の岩山を利用した山城で、最高所、二の丸と三の丸に囲まれ、石垣の上に位置するのが本丸。
文禄3年(1594年)、播磨国三木から中川秀成(なかがわひでしげ)が入封し、3年がかりで近世的な城郭に改変。
本丸、二の丸、三の丸御殿、櫓を造営し、城の西側を拡張、重臣屋敷群を設け、「総石垣造りの石の城」へと変貌しています。
中央部には藩主の住居で岡藩の藩庁となる本丸御殿が建てられ、本丸御殿を取り囲むように、天守に相当する御三階櫓、角櫓、 多門櫓、金倉などが配置されていました。
本丸南側石垣が代用天守となる御三階櫓の石垣です。
明和8年(1771年)の火災で本丸、西の丸などの大部分を焼失していますが、安永3年(1774年)、本丸御三階櫓が再建。
現在は藩政時代の遺構はなく、本丸跡には天満社が建っています。
難攻不落の城ではありましたが、近世的な城郭として、岩山の山上にある岡城は不便だったのではないかと推測できます。
藩士たちの苦労を実感するためにも徒歩で本丸を目指しましょう(後に西の丸御殿の建つ西の丸が城の中核に変わっていきます)。
岡城・本丸跡 | |
名称 | 岡城・本丸跡/おかじょう・ほんまるあと |
所在地 | 大分県竹田市竹田 |
関連HP | 竹田市岡城跡公式ホームページ |
電車・バスで | JR豊後竹田駅から徒歩20分 |
ドライブで | 東九州自動車道大分光吉ICから約41km |
駐車場 | 200台/無料 |
問い合わせ | 竹田市教育委員会 TEL:0974-63-1111/FAX:0974-63-2373 |
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。 |
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