三島神社祭礼(棒術・羯鼓舞奉納)|君津市
君津市に鎮座する三島神社の祭礼の際、4地区(宿原・奥米・豊英・旅名)の氏子たちによって奉納されるのが棒術と羯鼓舞(かっこまい)。棒術は源氏の武術鍛錬にも関わる歴史あるもので、羯鼓舞は農民の雨乞いの儀式とか。千葉県の無形民…
君津市に鎮座する三島神社の祭礼の際、4地区(宿原・奥米・豊英・旅名)の氏子たちによって奉納されるのが棒術と羯鼓舞(かっこまい)。棒術は源氏の武術鍛錬にも関わる歴史あるもので、羯鼓舞は農民の雨乞いの儀式とか。千葉県の無形民…
横須賀市内34店舗を舞台に展開する『よこすか×ハイスクール・フリート グルメスタンプラリー』。対象店舗で「ハイスクール・フリート」オリジナルメニューを注文すると「ハイスクール・フリート」キャラクタースタンプをひとつ押印。…
新浦安駅前エリア・明海大学エリア・総合公園エリア・シンボルロードエリアを会場とした観光型・市民交流型のイベントで「日本の祭りが集う」がキャッチフレーズ。全国の祭を集めたパレードが壮観! 東京メトロ東西線浦安駅・JR京葉線…
2024年3月16日(土)、千葉県市川市で『第18回いちかわ産フェスタ』を開催。県立現代産業科学館のサイエンス広場、企画展示室ほかで行なわれる『いちかわ産フェスタ』。ショッピングモール、市川市内の工業などを紹介するテクノ…
2019年9月15日(日)、牧之原市の飯津佐和乃神社(はづさわのじんじゃ)で静岡県指定無形民俗文化財『御船神事』が齋行されます。揃いの浴衣を身にまとった船若と呼ばれる青年たちが木遣り歌に併せて千石船(帆掛け船)の模型をか…
2019年9月15日(日)、牧之原市の大江八幡宮で国の無形民俗文化財『御船神事』が齋行されます。田沼意次の時代(享保年間)に廻船問屋が航海の安全と商売繁盛を祈願して創始したと伝えられる、海上安全を祈願する古式豊かな漁師町…
小諸にある布引山釈尊寺。布引観音と通称されるのは、有名な「牛に引かれて善光寺参り」という逸話のルーツだから。善光寺との結びつきの強い釈尊寺(布引観音)ですが、京都の清水寺同様に懸崖造り(けんがいづくり=崖造り)の観音堂が…
島崎藤村は、明治32年、小諸義塾の教師として信州・小諸に招かれ、小諸で6年間暮らしています。この島崎藤村の小諸暮らしは、小説家になろうという決意をした時代で、「小諸時代」といわれるように一大転機となった重要な時期です。小…
小諸城の本丸の入口を守る最後の砦となる門が、黒門(一ノ門・一ノ御門)。その黒門を移築保存するのが小諸の正眼院(しょうげんいん)です。格調高い薬医門ですが、小諸城には現在礎石が残るのみです。慶長17年(1613年)、初代小…
五稜郭(ごりょうかく)は、幕末に箱館(現在の北海道函館市)郊外に建造された西洋式(稜堡式)の城郭。函館を代表する観光スポットで、明治維新の際に官軍と旧幕府軍の攻防でも有名です。ところが、日本にはもうひとつ、五稜郭がありま…
黒船来航で風雲急を告げる幕末に、信州・佐久に築かれた星形の城郭。有名な函館の五稜郭(ごりょうかく)と並び、日本に2つしかない星形城郭の龍岡城五稜郭ですが、城郭内に現存する遺構は御台所櫓のみ。ところが探してみると、ありまし…
小諸城の城跡公園が有料施設の懐古園。「日本100名城」に選定の小諸城ですが、残念ながら懐古園内には天守を含め往時の遺構は残されていません。懐古園入口の三の門、そして小諸駅近くの市街地に大手門が現存しています。北国街道沿い…
文豪・島崎藤村(しまざきとうそん)は、明治32年、小諸義塾の教師として信州・小諸に招かれ、小諸で6年間暮らしています。結婚、3人の娘の誕生、「物を見る稽古」のために『千曲川のスケッチ』を書き記し始めた頃です。そして『破戒…
小諸城は、日本唯一といえる「穴城」。どうして穴城かといえば、城の玄関口である大手門がもっとも標高の高い場所にあり、本丸がもっとも低地にあるため。本丸を城郭の片隅に配置する梯郭式(ていかくしき)という縄張りですが、このスタ…
「天下分け目」といわれた関ヶ原の合戦には、実は徳川の本隊は戦闘に参加していません。徳川秀忠率いる徳川本隊は、総勢3万8000人という大軍。家康軍が東海道を進軍したのに対し、秀忠の徳川本隊を碓氷峠を越えて中山道を進みます。…
奥秩父連峰の主峰・金峰山(きんぷさん/2599m/日本百名山)と奥秩父の最高峰・北奥仙丈ヶ岳(2601m)との鞍部にあたる標高2360mの峠。長野県と山梨県の県境に位置し、日本最高所の車道峠。目下、マイカー規制がなく、通…
弘治元年(1555年)に武田信玄が開基として岌往上人(きゅうおうしょうにん)が開山した岩村田の名刹が西念寺。12本の円柱が支える楼門の天井には美しい天女が描かれています。岩村田は中山道の宿場町でもありましたが、城下町であ…
信州味噌の発祥地でもある佐久(信州味噌のルーツ! 安養寺へ)。その佐久・岩村田で、黒船来航の嘉永6年(1853年)創業という老舗の味噌蔵が和泉屋商店で、信州味噌のルーツでもある安養寺味噌も復活させています。