浅間塚古墳(前玉神社)

埼玉古墳群(さきたまこふんぐん/さきたま古墳公園)の鉄砲山古墳(前方後円墳)の東隣りにある円墳が浅間塚古墳(前玉神社)。後世に築かれた塚という説もあって史跡公園となる埼玉古墳群には加えられていませんが、近年の調査で幅10mの周濠が確認され、古墳であることが判明しています。

埼玉県のルーツともなった円墳の上に鎮座する古社

前玉神社の拝殿

境内社の浅間神社

高さ8.7m、直径58mの円墳ですが、形状が大きく崩れていることから、『新編武蔵風土記稿』に記されている大きさと比較して、かつては前方後円墳だったとする説もあります。

築造は7世紀前半だと推測されていますが、5世紀〜6世紀前半とする説もあります。
墳頂には927(延長5)年編纂の『延喜式神名帳』に記載される式内社である前玉神社(さきたまじんじゃ)が鎮座しています。

前玉神社の祭神は前玉比売神(さきたまひめのみこと)、前玉彦命(さきたまひこのみこと)の2柱。
この前玉(さきたま)が、武蔵国前玉郡(むさしこくさきたまのこおり)となり、その後埼玉郡と転訛して、埼玉県という県名が生まれました。
『正倉院文書』神亀3(726)年の戸籍帳(「山背国愛宕郡雲下里計帳」)にも前玉郡(さきたまのこおり)という名が記されています。
女神と男神が一緒に祀られていることから、恋愛成就を祈願する参拝者が多いのも特長。
例大祭は10月15日に斎行されています。

境内社の浅間神社は、江戸時代の初めに富士浅間信仰の繁栄を背景に、木花開耶姫命(このはまさくやひめ)を祭神とする忍城中にあった浅間神社を勧請し、古墳上にある社を「上の宮」、中腹にある社を「下の宮」と呼ぶようになったもの。

古代の下総国との交易を示す万葉歌を刻んだ灯籠

墳頂に鎮座する前玉神社に昇る参道(階段)下の両脇には1697(元禄10)年に氏子が奉納した2つの燈籠が立っています。
「小埼沼」(小埼乃沼/巻9、1744番、作者不詳)と「埼玉の津」(佐吉多万能津/巻14、3380番、作者不詳)という万葉集に記載された2つの歌が記されているため、「万葉灯籠」と通称。
現在の行田市下中条あたりで詠まれた歌ですが、当時、このあたりは下総国府(しもうさこくふ=千葉県市川市)と通じた舟運で栄えた古代の湊。
その証拠に、さきたま古墳群の古墳には金谷石(現・千葉県富津市産)も使われています。

浅間塚古墳(前玉神社) DATA

名称 浅間塚古墳(前玉神社)/せんげんづかこふん(さきたまじんじゃ)
所在地 埼玉県行田市埼玉宮前5450
関連HP 前玉神社公式ホームページ
ドライブで 東北自動車道羽生ICから約13km
駐車場 20台/無料
問い合わせ 前玉神社TEL:048-559-0464
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

 

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