千鳥ヶ淵公園

千鳥ヶ淵公園

東京都千代田区三番町、江戸開府当時、牛ヶ淵とともに江戸城の飲料水を確保するための水源ダムとして造成されたのが千鳥ヶ淵。他の水堀とともに江戸城防御の役割を担っていました。現在では、千鳥ヶ淵公園として、千鳥ヶ淵緑道、千鳥ヶ淵ボート場が整備され、とくに春の桜の花見シーズンは大いに賑わいます。

明治時代からの東京を代表する桜の名所

現在の千鳥ヶ淵公園のある場所は、武蔵野台地の東端部に位置する九段の高台で、江戸時代から濠や江戸市中を見下ろす風光明媚の場所として知られていました。
第二次世界大戦後は、皇居前広場などとともに国民公園に指定され、開放されましたが、皇居周辺の千代田区は観光にも力を入れ、昭和25年、千代田区営のボート場を開設。
昭和29年から『千代田のさくらまつり』、昭和33年から『納涼とうろう流し』が始まり、昭和54年千鳥ヶ淵緑道が整備されました。

千鳥ヶ淵の桜は、明治14年、イギリス公使館(現・イギリス大使館)前に、日本人女性・武田兼と結婚した駐日公使・アーネスト・サトウ(Sir Ernest Mason Satow)が桜を手植えしたのが始まり。
アーネスト・サトウは、明治16年に帰国し、シャム、ウルグアイ、モロッコなどに赴任していますが明治28年、駐日特命全権公使として日本に戻り、明治30年、イギリス公使館前の桜を東京市に寄贈しています。
明治31年にはイギリス公使館前に桜並木が植樹され、千鳥ヶ淵沿いが桜の名所に。

明治33年には代官町通りの整備で堀に土橋が築かれ、千鳥ヶ淵は、現在の千鳥ヶ淵と半蔵濠に分断されています。

明治39年1月、千鳥ヶ淵、牛ヶ淵の土手を削って傾斜の急な九段坂ではなく、勾配の緩やかな専用軌道を整備し、東京市街鉄道の路面電車(後の東京電気鉄道、東京鉄道、東京市電、現在の都電)の九段線が開通し、半蔵門から新宿への路線に接続。
大正8年、東京市区改正条例による事業(現在の都市計画)として「都会の児童を交通禍から護る」という目的で、千鳥ヶ淵公園が開園し、さらに桜が植栽されています。

大正12年の関東大震災後の帝都復興で、路面電車が上ることのできなかった九段坂の階段状の坂道を改善し、九段から半蔵門へ抜ける内堀通りが造成され(昭和5年完成)、イギリス公使館前から招魂社(靖国神社)まで桜並木が形成されるようになりました(残念ながら往時の桜は、戦災で焼失し、現在の桜は戦後に植え替えられたもの)。
同時に千鳥ヶ淵沿いに敷設された九段線の線路を内堀通りに移して、専用軌道を廃線に。

昭和39年には千鳥ヶ淵の上に高速道路が通り、景観が損なわれましたが、昭和54年、千鳥ヶ淵緑道が整備され、散策にも最適な公園に進化しています。
実は、千鳥ヶ淵緑道は、明治39年に開通、昭和5年に廃止となった路面電車・九段線(開業時は東京市街鉄道)の跡地です。

千鳥ヶ淵公園内の絶景ポイントは、千鳥ヶ淵ボート場の屋上を利用した、千鳥ヶ淵ボート場展望台で、千鳥ヶ淵緑道で到達可能。

千鳥ヶ淵公園
名称 千鳥ヶ淵公園/ちどりがふちこうえん
所在地 東京都千代田区三番町2地先
関連HP 千代田区公式ホームページ
電車・バスで 東京メトロ東西線・半蔵門線、都営新宿線九段下駅、または、東京メトロ半蔵門線半蔵門駅から徒歩10分
駐車場 周辺の有料駐車場を利用
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
千鳥ヶ淵ボート場

千鳥ヶ淵ボート場

東京都千代田区三番町、江戸開府当時、水を確保するためのダムとして機能していたというのが江戸城の千鳥ヶ淵。今では、東京屈指の桜の名所として知られ、千鳥ヶ淵緑道も整備されますが、千代田区営の千鳥ヶ淵ボート場でボートを借りれば、ボートの上からお花

大石正英の旅を切り撮る NO.7 千鳥ヶ淵・皇居周辺の桜

大石正英の旅を切り撮る NO.7 千鳥ヶ淵・皇居周辺の桜

首都・東京の中心、千鳥ヶ淵・皇居周辺、とくに人気スポットである千鳥ヶ淵は、桜の季節は早朝から人であふれて大混雑。メインの写真も、三脚を立てたカメラマンの列の隙間に少し入れていただいた際に、良い位置にボートがきてくれて撮影したもの。対して、皇

千鳥ヶ淵の桜

江戸時代の江戸城拡張の際に半蔵門と田安門の土橋で塞き止めて造られた水濠。明治33年に道路建設で半蔵濠が誕生しましたがそれ以前はひとつの濠でした。水濠沿いに千鳥ヶ淵緑道が整備され、都内屈指の桜の名所として有名。開花期にはライトアップが実施され

千代田のさくらまつり

千代田のさくらまつり|2024

2024年3月22日(金)~4月2日(火)、東京都千代田区で『千代田のさくらまつり』が開催されます。期間中は、千鳥ヶ淵沿いに続く全長700mの千鳥ヶ淵緑道の桜のLEDライトアップ(電力は太陽光で発電)や「区営千鳥ヶ淵ボート場」の夜間営業(期

千鳥ヶ淵緑道

千鳥ヶ淵緑道

東京都千代田区三番町、江戸開府当時、牛ヶ淵とともに江戸城の飲料水を確保するための水源ダムとして造成されたのが千鳥ヶ淵。大正8年、千鳥ヶ淵公園が開園し、昭和54年、千鳥ヶ淵緑道が整備され、散策にも最適な公園に進化しています。緑道はかつて路面電

千鳥ヶ淵ボート場展望台

千鳥ヶ淵ボート場展望台

東京都千代田区三番町、桜の名所として知られる千鳥ヶ淵公園の千鳥ヶ淵ボート場(管理棟)屋上部分を利用した展望台が、千鳥ヶ淵ボート場展望台。千鳥ヶ淵沿い、かつての路面電車(九段線)の廃線跡を利用した千鳥ヶ淵緑道途中にあり、千鳥ヶ淵随一の絶景スポ

千鳥ケ淵戦没者墓苑

千鳥ケ淵戦没者墓苑

東京都千代田区三番町にある日本政府が設置した戦没者慰霊施設が、千鳥ケ淵戦没者墓苑。日中戦争および太平洋戦争の戦没者の遺骨のうち、遺族に引き渡すことができなかった遺骨を安置する墓地公園で、昭和34年3月28日に竣工、環境省の所管となっています

北の丸公園

北の丸公園

東京都千代田区にある環境省の管理する国民公園が、北の丸公園。昭和44年に公園として開放された皇居の北側部分。園内には東京オリンピックの際、柔道場として建設された日本武道館など、多くの文化施設が点在。田安門、清水門は、江戸城の遺構で、国の重要

皇居千鳥ヶ淵灯ろう流し

皇居千鳥ヶ淵灯ろう流し-千代田区納涼の夕べ-|2022

2022年7月29日(金)〜7月30日(土)19:00~20:00、東京都千代田区の千鳥ヶ淵で、『皇居千鳥ヶ淵灯ろう流し-千代田区納涼の夕べ-』を開催。人々の願いと希望を込めた2000個の「希望の灯ろう」を、お濠に浮かべ、幻想的な空間を生み

牛ヶ淵

牛ヶ淵

東京都千代田区、江戸城を取り囲む内堀のうち、現在、日本武道館のある北の丸(現・北の丸公園)の北東側部分、清水門と田安門の間が、牛ヶ淵(うしがふち)。江戸時代中期に編纂された江戸の地誌『江戸名勝志』によれば、銭を積んだ牛車(ぎっしゃ)が、濠に

半蔵濠

半蔵濠

東京都千代田区、江戸城を取り囲む内堀の西部分、皇居の西側の部分が、半蔵濠(ほんぞうぼり)。代官町通りから半蔵門までの部分ですが、明治33年、代官町通りを建設するため、土橋が築かれて千鳥ヶ淵と分断されて誕生した濠です(それ以前は、千鳥ヶ淵が半

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でニッポン旅マガジンをフォローしよう!

ABOUTこの記事をかいた人。

アバター画像

日本全国を駆け巡るプレスマンユニオン編集部。I did it,and you can tooを合い言葉に、皆さんの代表として取材。ユーザー代表の気持ちと、記者目線での取材成果を、記事中にたっぷりと活かしています。取材先でプレスマンユニオン取材班を見かけたら、ぜひ声をかけてください!

よく読まれている記事

こちらもどうぞ