東京都千代田区丸の内1丁目、東京駅9番線・10番線直下の新幹線中央乗換口近くにあるのが、浜口首相遭難現場のマーク(丸の中に六角形の印)。浜口雄幸(はまぐちおさち・濱口雄幸)首相は、昭和5年11月14日、東京駅の第4ホーム(当時)を移動中に銃撃を受け、大手術の後、一命を取り留めています。
実際にはホームで銃撃されましたがその直下に印が
浜口雄幸首相は、岡山県下で行なわれる陸軍特別大演習参観のため、9:00発・神戸行き特急「燕」に乗車しようと「燕」乗車車両に向かって第4ホームを移動中、右翼団体の愛国社社員・佐郷屋留雄(さごうやとめお)に至近距離から銃撃(特急「燕」は、事件の前月、昭和5年10月から運転開始、東京駅〜神戸駅間を9時間で結ぶ)。
銃弾に倒れた浜口雄幸首相は、駅長室に運び込まれ、駆けつけた東京帝国大学外科学主任教授の塩田広重の手によって輸血を実施。
東京帝国大学医学部附属病院で大手術の結果、なんとか一命を取り留めたものの、翌年、この時の傷がもとで死去しています。
ロンドン海軍軍縮条約に調印し、膨れ上がる軍事費を削減しようとする姿勢に反発した凶行で、天皇の統帥権を犯すという「統帥権干犯問題」が動機でした。
佐郷屋留雄は、死刑の判決を受けるものの、恩赦により無期懲役に減刑、昭和15年に仮出所し、その後も右翼的な活動を続けています。
襲撃現場に当たる第4ホームは現在の9番線・10番線の8号車乗り場付近ですが、ホームには目印はなく、直下の地下通路、新幹線中央乗換口近くに事件の概要を記したプレート(柱面)と床の印が設置されています。
東京駅では大正10年11月4日に右翼の青年により原敬首相が暗殺されており(丸の内南口改札横に印があります)、右翼による2件の首相襲撃という暗い歴史を残しています。
東京駅・浜口首相遭難現場 | |
名称 | 東京駅・浜口首相遭難現場/とうきょうえき・はまぐちしゅしょうそうなんげんば |
所在地 | 東京都千代田区丸の内1丁目 |
関連HP | 千代田区観光協会公式ホームページ |
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