徳願寺『お十夜会・寺宝一般公開』|市川市|2024

徳願寺『お十夜会・寺宝一般公開』

2024年11月16日(土)、千葉県市川市の徳願寺で『お十夜会・寺宝一般公開』。海巌山徳願寺は、徳川家と宮本武蔵ゆかりの伝説が残るお寺で、円山応挙の幽霊画、宮本武蔵の筆による書画など寺宝も多数保有する名刹。毎年1回「お十夜」の日に寺宝が一般公開され、檀家をはじめ多くの見学者で賑わいます。

円山応挙筆と伝わる幽霊の絵などを拝観

徳願寺はもともと鴻巣の勝願寺(埼玉県鴻巣市)末寺・普光院が起源で、慶長15年(1610年)、德川家康の帰依により、徳川の徳と勝願寺の願をとって、改めて徳願寺として、円誉不残(えんよふざん)上人を開山に迎えて創建されました。

本尊・阿弥陀如来像は、かつて源頼朝の妻・北条政子が、運慶に命じて彫刻させたものと伝えられ、家康が、2代将軍秀忠の正室・達子(於江与の方・崇源院)のために、鎌倉から江戸城へと遷した後、達子の没後に、2世忠残上人が請けて本尊としたもの。

この徳願寺には明治4年末から明治5年初頭まで、印旛県庁仮庁舎が設置されてもいます。

『お十夜会』で公開される寺宝は、宮本武蔵筆と伝えられている書(宮本武蔵の落款があります)、八方睨みの達磨の絵、円山応挙筆と伝わる幽霊の絵など。
宮本武蔵の書は「五条」の訓えについて記されたもので、武蔵の思想発展の根幹を知ることができる貴重なもの。
境内には宮本武蔵の供養塔もありますが、武蔵がこの寺に寝泊まりしていたというゆかりから、水誉上人が武蔵の遺品を集めて正徳2年(1712年)に建立地蔵尊を建立しその菩薩を弔ったとのこと。

ちなみに、宮本武蔵は、晩年出家し藤原玄信と称し、諸国行脚の折に船橋の法典ヶ原の開墾に従事したという伝承があります。

円山応挙筆と伝わる幽霊画
円山応挙筆と伝わる幽霊画

お十夜

正しくは、「十日十夜(じゅうや)法要」といい、もともとは陰暦の10月5日の夜から15日の朝まで、10日10夜にわたって執り行なわれる浄土宗寺院の法会(ほうえ)。

永享年間(えいきょうねんかん)に伊勢守平貞経(いせのかみたいらのさだつね)の弟・貞国(さだくに)が、京の天台宗・真如堂(しんにょどう)で修したのがその始まりとされています。

徳願寺『お十夜会・寺宝一般公開』|2024
開催日時2024年11月16日(土)13:00〜16:00、毎年11月16日
所在地千葉県市川市本行徳5-22
場所徳願寺
電車・バスで東京メトロ東西線妙典駅から徒歩8分
ドライブで京葉道路市川ICから約2km
駐車場なし
問い合わせ徳願寺 TEL:047-357-2372
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

 

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