五厘堤

五厘堤

富山県滑川市大浦、劔岳を源とし、暴れ川で知られる早月川に築かれた200mほどの石造の堤防が五厘堤で、明治29年の完成。堤防の法面(のりめん)勾配が5厘なのが名の由来です。洪水により一部は破壊されていますが、大部分は築堤当時の姿のまま現存し、土木学会選奨の土木遺産に選定されています。

明治時代の石積堤防が現存!

五厘堤

明治24年7月大洪水が起こると、翌月に政府はお雇い外国人のヨハネス・デ・レーケ(Johannis de Rijke)を派遣。
土砂でできている堤防は漏水しやすく、強度が不足していることを指摘。
その結果石堤が築かれました。

しかし明治28年の洪水で大浦地区の石堤は決壊。
翌年、河原から直径1mほどの石をトロッコで運び、200mにわたって高さ3m~5m、上部の幅7mに積み重ねた堅固な堤防「五厘堤」を築きました。
高さ1に対し底部の水平長が2の場合、「2割勾配」と表記。
五厘堤の勾配は高さ1に対して水平長0.05で、全国的にも珍しいほどの急勾配になっています。

早月川を見て「これは川ではない、滝だ」と語ったというオランダ人の土木技師ヨハネス・デ・レーケが設計したという伝承がありますが、定かでありません(富山県の土木担当課長高田雪太郎がデ・レーケの指導により設計したとも推測できます)。

位置的には早月川のつくる扇状地の扇頂部にあたります。
早月川に架かる富山県道141号虎谷大榎線の入会橋を目標にアクセスを。

名称 五厘堤/ごりんてい
所在地 富山県滑川市大浦
ドライブで 北陸自動車道滑川ICから約6km
駐車場 入会橋西詰を利用
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

 

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