金剛峯寺・正門

金剛峯寺・正門

世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産のひとつ、総本山金剛峯寺。高野山の山上、大型バスも駐車する金剛峯寺前駐車場から金剛峯寺本坊(大主殿)へと向かうと、最初にくぐるのが正門。何気なく通り過ぎてしまう門ですが、文禄2年(1593年)の築で、現存する高野山の山内でもっとも古い建築物になっています。

正門をくぐると金剛峯寺大主殿の大玄関が

往時には、正門を正面から出入りできるのは天皇と皇族、そして高野山の重職だけに限られていました。
現在では一般の参詣者、観光客もこの門をくぐって本坊境内に入ります。

右脇の潜戸(くぐりど)は、現在でも一般の僧侶が使う入口となっているので、お見逃しなく。

ちなみに、現在の金剛峯寺本坊は、明治2年までは青厳寺でした。
青厳寺は、文禄2年(1593年)、豊臣秀吉の母、大政所(おおまんどころ)の菩提のために木食応其上人(もくじきおうごしょうにん)に命じて建立された寺なので、この正門は創建時のものということに。

金剛峯寺・正門
名称金剛峯寺・正門/こんごうぶじ・せいもん
所在地和歌山県伊都郡高野町高野山132
関連HP金剛峯寺公式ホームページ
電車・バスで南海高野線高野山駅から南海りんかんバス奥の院前行きで11分、千手院橋下車
ドライブで京奈和自動車道紀北かつらぎICから約23km
駐車場金剛峯寺前駐車場(39台/無料)・金剛峯寺第2駐車場(72台/無料)
問い合わせ金剛峯寺 TEL:0736-56-2011/FAX:0736-56-4640
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
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