常栄寺雪舟庭

常栄寺雪舟庭

山口県山口市宮野下にある臨済宗東福寺派の寺、常栄寺。もとは室町時代に造られた大内氏14代・大内政弘(おおうちまさひろ)の別荘跡で、父・大内教弘(おおうちのりひろ)が、夫人・妙喜尼の菩提を弔うため曹洞宗の寺、妙喜寺を開山。庭園は、大内政弘が別荘の庭として雪舟に築かせたことから、雪舟庭との別名が。

雪舟の山水画を庭園で表現

常栄寺雪舟庭

その後、毛利隆元(もうりたかもと)が夫人の菩提寺として妙寿寺と称し、文久3年(1863年)には毛利隆元の菩提寺を当地に移転、常栄寺に改めています。
雪舟が築いた庭園(国の史跡及び名勝)は、西湖の風景を模したといわれ、室町時代の枯山水石庭の典型。
本堂の北に位置し、東西と北の三方が山林となった広大な庭には、無染池(心字池)を中心に、北に枯滝を配置。
室町時代の特色である立石が多用されています。
石材は周辺の山から運んだ輝岩。

本堂正面には中央に日本を象徴した富嶽を配し、前方に終南山、五台山、廬山、華山、衡山、百丈山などと呼ばれる中国の三山五嶽になぞらえた石組みを置いています。

雪舟は京の相国寺(しょうこくじ=臨済宗相国寺派大本山)で修行の後、康正2年(1456年)頃、山口に来住。
大内氏の庇護のもと周防国で暮らし、寛正6年(1465年)、雪舟と号し、応仁元年(1467年)、遣明船(北山文化や東山文化などに影響を与えた大内氏の勘合貿易)で中国に渡って(明の寧波に上陸/同年、応仁の乱勃発)中国の画法を修得しています。
文明元年(1469年)に帰国し、山口をはじめ西国各地に雪舟庭園を作庭。
常栄寺、萬福寺(島根県益田市/国の史跡及び名勝)、医光寺(島根県益田市/国の史跡及び名勝)、旧亀石坊庭園(福岡県添田町/国の名勝)は、「雪舟四大庭園」と呼ばれています。

名称 常栄寺雪舟庭/じょうえいじせっしゅうてい
所在地 山口県山口市宮野下2001-1
関連HP 常栄寺雪舟庭公式ホームページ
電車・バスで JR宮野駅から徒歩20分
ドライブで 中国自動車道小郡ICから約12km
駐車場 30台/無料
問い合わせ TEL:083-922-2272
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
雪舟四大庭園

【知られざるニッポン】vol.46 雪舟四大庭園を鑑賞しよう!

室町時代の禅僧で水墨画でも名高い雪舟(せっしゅう)。大内氏の遣明船で明へ渡航し、帰国後、西国各地に雪舟庭園を作庭しています。現存する雪舟庭のうち、医光寺、萬福寺(以上、島根県益田市)、常栄寺(山口県山口市)、旧亀石坊庭園(福岡県添田町)の4

 

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