名城公園

名城公園

愛知県名古屋市中区・北区の名古屋城の城址公園が、名城公園。76.2haという広大な都市公園で、明治初年には名古屋鎮台、明治26年〜昭和5年は宮内省の名古屋離宮だった地で、昭和5年に名古屋離宮が廃され、名古屋市に下賜され、昭和6年に公園となったもの。日本の歴史公園100選にも選定されています。

名古屋城を中心とした広大な都市公園(歴史公園)

名古屋城は、明治5年、本丸と二の丸が、明治7年には三の丸が陸軍省の所管となり、三の丸北東には練兵場が設けられていました。

明治26年6月2日、名古屋城の本丸と西の丸東部が宮内省に移管となり、名古屋離宮が誕生。
明治42年には西之丸全域と御深井丸( おふけまる) 、水堀の一部が離宮に追加されています。
昭和5年12月11日、名古屋離宮廃止に伴い離宮一帯(本丸・西之丸・御井丸)が名古屋市に下賜され、宮内省から名古屋市に移管(名城公園の開園)。
二の丸は引き続き陸軍省の所管となっていました。

昭和7年12月12日、二の丸・三の丸の軍用地を除き、名城公園となった名古屋城一帯が初の史跡指定を受け、戦後、昭和27年3月29日に特別史跡に格上げされています。
二の丸は戦後、陸軍省から大蔵省(現・財務省)に移管され、昭和28年3月31日には戦災を免れた北御庭の一部と前庭が文部省へ移管され、名勝指定を受けて「名勝名古屋城二之丸庭園」となったのです。


現在は名古屋市が管理する都市公園で、北園は陸軍練兵場(名古屋城北練兵場)になっていた部分で、史跡指定の範囲外となっています。
南園に名古屋城、愛知県体育館、北園に愛知県スポーツ会館、名城公園野球場、名城公園フラワープラザ、オランダ風車花壇、名城庭球場、菖蒲園、藤の回廊、飲食施設などの入ったのtonarino(トナリノ)があり、東外堀公園には名古屋市市政資料館が建っています。
総面積76.2haのうち名古屋城(名古屋城特別緑地保全地区)は33.5haを占めています。

名古屋城内には1000本、名城公園北園には200本の桜が植栽され、春は名古屋城天守を借景にした花見も楽しむことができます(開花期間中はライトアップも実施)。
名古屋城正門・東門近くの2ヶ所に、名古屋の名店が軒を連ねる「金シャチ横丁」があり、手羽先やひつまぶしなどの「なごやめし」を味わうことも可能。

名古屋市内の公園で、日本の歴史公園100選に選定されるのは、名城公園のほかには鶴舞公園(つるまこうえん/明治42年、名古屋市が最初に設置した公園)、徳川園、久屋大通公園があります。

名城公園
名称 名城公園/めいじょうこうえん
所在地 愛知県名古屋市北区名城1-2-25
関連HP 名城公園公式ホームページ
電車・バスで 地下鉄名城線名城公園駅からすぐ
駐車場 北園駐車場(75台/有料)、名古屋城正門前駐車場(319台/有料)、二之丸東駐車場(202台/有料)
問い合わせ 名城公園 TEL:052-913-0087/FAX:052-913-9379
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

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