常泉寺(豊臣秀吉生誕の地)
愛知県名古屋市中村区にある日蓮宗の寺、太閣山常泉寺。当初は豊国大明神(秀吉の神号)の廟堂として、加藤清正と妙勝寺(現・海部郡甚目寺町)円住院の日誦上人(にっしょうしょうにん)が開山。御神体は秀吉の肖像画。常泉寺はその別当…
愛知県名古屋市中村区にある日蓮宗の寺、太閣山常泉寺。当初は豊国大明神(秀吉の神号)の廟堂として、加藤清正と妙勝寺(現・海部郡甚目寺町)円住院の日誦上人(にっしょうしょうにん)が開山。御神体は秀吉の肖像画。常泉寺はその別当…
愛知県名古屋市中村区の中村公園内にある豊臣秀吉を祀る神社が豊国神社(とよくにじんじゃ)。豊臣秀吉は、伏見城での没後、神号「豊国大明神」を下賜され、まず京の豊国神社に祀られました。中村公園(尾張国愛知郡中村)は秀吉の生誕地…
兵庫県姫路市網干区(あぼしく)にある戦国時代の羽柴秀吉の陣屋、そして江戸時代に飛び地として領有した丸亀藩の陣屋跡が、御茶屋鶴松亭跡(丸亀藩網干陣屋跡)。江戸時代に京極家は丸亀藩に転封されていますが、網干の興浜地区だけは飛…
兵庫県神戸市北区有馬町、有馬温泉観光総合案内所脇の石段を上ったところにある小さな古寺が善福寺。行基が開基し仁西が再興したと伝えられる名刹で、鎌倉時代に彫られた寺宝の聖徳太子像は国の重要文化財。樹齢200年を超える一重の枝…
豊臣秀吉が朝鮮出兵の際に、外征基地として築いた城が名護屋城(佐賀県唐津市)。北西に壱岐、対馬の島影を視認し、加部島が防波堤の役割をする地に築いた、当時、大坂城に次ぐ規模の巨城です。その中心で、丘陵の高台に位置し、五層の天…
岡山県岡山市北区にある備中高松城主・清水宗治首塚。羽柴秀吉は、備中高松城の水攻めの際、本能寺の変で織田信長が討たれたことを秘匿して、城主・清水宗治の自刃で和睦を実現しています。清水宗治首塚は、明治43年、羽柴秀吉の本陣跡…
岡山県岡山市市北立田に残る備中高松城の戦いの史跡が高松城水攻め史跡公園(蛙ヶ鼻築堤跡)。備中高松城の南側に2.6kmにわたる堤をわずか12日間で築き、人工の湖を出現させた「備中高松城の水攻め」。織田信長の命を受けた羽柴秀…
兵庫県三木市、神戸電鉄粟生線・三木上の丸駅(みきうえのまるえき)のすぐ南、美嚢川に臨む中世の平山城跡が三木城(上の丸公園・上の丸稲荷神社)。明応元年(1492年)頃、東播磨八郡を領有した別所則治(べっしょ のりはる)が築…
福岡県行橋市の南西、標高216mと208.7mの双耳峰・馬ヶ岳山頂にある中世の山城が馬ヶ岳城。その築城は古く、天慶5年(942年)、源経基(みなもとのつねもと)による築城と伝えられています。天正15年(1587年)には、…
京都府乙訓郡大山崎町にそびえる標高270mの山、天王山。西山腹が摂津国(大阪府)と山城国(京都府)の国境に位置し、山城盆地の西にそびえる西山の南端。山頂近くに位置する酒解神社(さかとけじんじゃ)が牛頭天王を祀ることがその…
静岡市清水区の興津(おきつ)、清水港や三保松原を望む高台にあり、「興津(おきつ)の清見寺」として知られる臨済宗の名刹。その歴史は古く、創建は7世紀頃と伝えられています。天文8年(1539年)、今川義元の軍師・大原雪斉によ…
小田原から箱根へと上る箱根ターンパイク沿いにある標高262mの尾根状のピークが石垣山。ミカン畑が広がるのどかな山ですが、東は相模湾に臨み、北は小田原市街を眼下にするという立地から、戦国時代末に豊臣秀吉が「石垣山一夜城」を…
有馬温泉(兵庫県神戸市北区有馬町)の見晴らしの良い高台に建つ寺で豊臣秀吉の正室、北の政所(ねね)の別邸跡と呼ばれているのが念仏寺。寺の創建は天文7年(1538年)で谷之町にあったものが慶長年間(1596年〜1615年)に…
兵庫県神戸市北区の有馬温泉にある古刹、極楽寺(ごくらくじ)。寺伝では推古天皇元年(593年)に聖徳太子が創建したと伝えています。本尊は阿弥陀如来ですが、有馬温泉を大火から守る火除け観音があることで有名。現在の境内は、豊臣…
有馬温泉(兵庫県神戸市北区有馬町)の温泉街に7ヶ所ある源泉のひとつで、極楽寺の裏手にあるのが極楽泉源。細い路地の奥にあるので見落としがちですが、豊臣秀吉が造らせた湯殿「湯山御殿」へ温泉を送っていたのは実はこの源泉。つまり…
静岡市街の中心地、駿府城公園は、将軍職を徳川秀忠に譲り大御所時代の駿府城の跡だとされています。全国の大名に命じて(天下普請)築城させたのが現在の駿府城です。それは歴史的事実なのですが、駿府城の天守台跡の発掘調査で、豊臣秀…
推古天皇元年(593年)、聖徳太子が建立した、敬田院、施薬院、療病院、悲田院のうち、薬草を植えた施薬院が創始という古刹が大阪市天王寺区にある愛染堂勝鬘院(あいぜんどうしょうまんいん)。聖徳太子が勝鬘経(しょうまんきょう)…
京都市街を流れる鴨川に架かる、江戸時代の東海道と中山道の終点となる三条大橋。現在の橋は昭和25年に架橋されたものですが欄干には豊臣秀吉の命により改修された時代の擬宝珠も配されています。室町時代初期には、簡素な構造の橋が架…