与一野桜
那須与一の墓と伝えられる宝篋印塔も残る広島県安芸太田町の与一野。近くには平家一門が大田川を溯って、山頂付近で五輪塔を建てて平家の追善慰霊をしたと語り継がれる五輪山もある平家落人伝承の里。そんな里に美しく花を咲かせるのが与…
那須与一の墓と伝えられる宝篋印塔も残る広島県安芸太田町の与一野。近くには平家一門が大田川を溯って、山頂付近で五輪塔を建てて平家の追善慰霊をしたと語り継がれる五輪山もある平家落人伝承の里。そんな里に美しく花を咲かせるのが与…
東城三大桜の一つで、荒神様の御神木として保護されてきた推定樹齢400年というヤマザクラの巨樹(広島県天然記念物)が千鳥別尺のヤマザクラ。このヤマザクラは、現在知られる限りにおいての、広島県内第1位のヤマザクラの巨樹(広島…
伯耆国(鳥取県)との国境にある四十曲峠(しじゅうまがりとうげ)を越える直前、出雲街道の新庄宿のメインストリートに明治39年、日露戦争の戦勝を記念して植えられた桜が、がいせん桜。現在、5.5m間隔に132本の桜があり、脇に…
岡山県の天然記念物に指定された目通り7.1m、根元周囲9.2m、樹高18mの桜の古木が真庭市別所の醍醐桜。ヒガンザクラの一種、アズマヒガンザクラで推定樹齢はなんと1000年。枝張りは、東西南北に20mという立派なもの。元…
幸手市を流れる中川の長さ1kmにわたる堤に1000本のソメイヨシノが植栽され、開花期には実に見事。暴れ河川として恐れられた旧権現堂川に天正4年(1576年)頃に築かれた堤。県営権現堂公園が整備され、3月下旬〜4月上旬には…
秩父市荒川地区の岩松山清雲寺(臨済宗建長寺派)に咲く、樹高15m、幹回り3m、樹齢600年のエドヒガンの巨木が清雲寺のシダレザクラ。応永27年(1420年)、清雲寺創建の際、楳峯香禅師(ばいほうこうぜんじ)が植えたと伝え…
秩父市荒川地区の曹洞宗の寺、自由山円通寺の境内に咲く樹高10m、幹回り2.5m、樹齢200年のエドビガンの古木が円通寺のシダレザクラ。室町時代中期以前は清泉寺(秩父市下吉田)の末寺だったこともあり、清雲寺の桜(樹齢600…
高尾さくら公園の北隣にある阿弥陀堂墓地にあるエドヒガンの巨樹で、北本市の天然記念物に指定されるのが阿弥陀堂のエドヒガン。推定樹齢は200年。同じ北本市内にある日本五大桜の石戸蒲ザクラより少し早く見頃を迎え、例年の見…
文禄3年2月27日(1594年4月17日)、豊臣秀吉は、徳川家康、宇喜多秀家、前田利家、伊達政宗らの諸大名をはじめ、豊臣秀頼と正室ねね(北政所)、淀殿ほか側室、茶人、連歌師たちを伴い、総勢5000人の供を従えて吉野山に入…
吉野山・中千本にある吉水神社の山門を入ったところにあるのが吉野山を代表する桜の名所、一目千本(ひとめせんぼん)。豊臣秀吉の吉野の花見の際にも、ここからの眺めに感動したと伝えられています。吉野の花見はやはり、山を敬い崇める…
JR山手線駒込駅の北口、駅前すぐの本郷通り・駒込駅前交番横に広がるのが染井吉野桜記念公園。駅前広場を地下駐輪場とともに公園として整備した際、幕末に上駒込村染井(現・豊島区駒込)で生まれたソメイヨシノ(染井吉野)の発祥地を…
2025年1月18日(土)~2月5日(日)、伊豆市で『土肥桜まつり』が松原公園芝生広場を会場に開催されます。河津桜は有名になり、大混雑の様相を呈する寒桜ですが、同時期に発見された土肥桜は、「門外不出」ということもあって、…
伊豆土肥だけに咲く土肥桜は、日本で最も早咲きの桜。毎年12月下旬頃に蕾がほころび、1月上旬に開花、2月中旬まで咲き続けます。河津桜よりも1週間ほど早く、例年の見頃は1月下旬頃。花びらの色が濃いピンク、そして花びらの重なり…
『吾妻鏡』によれば、源頼朝は、石橋山の戦に敗れ、相模国の真鶴岬(現在の神奈川県真鶴町)から小舟で安房国平北郡猟島(現在の鋸南町竜島)へと渡り、再起を図ったという史実があります。そのため鋸南町では河津桜を「頼朝桜」と名付け…
京都市右京区御室にある真言宗御室派の総本山が仁和寺(にんなじ)。886年(仁和2)年、光孝天皇の勅願で創建した古刹。宇多天皇が寺内に御室(御座所)を設け、明治維新まで皇族関係の法親王が門跡となったため御室御所と呼ばれた門…
昭和34年、練馬区石神井町に開園した大部分を池が占める東西に細長い都立公園が石神井公園。湧水池の三宝寺池、石神井池の二つの池を中心とした公園で、武蔵野の自然が残されています。池の辺には湿生植物が茂り、鳥が多く集まるので、…
弥彦神社の再建と、鉄道の開通を記念して造られた16万平米という広大な公園が弥彦公園で、弥彦神社の外苑にあたる場所。4月の桜(八重桜、ソメイヨシノが約1000本)、5月のツツジ・サツキ・藤と10月下旬〜11月中旬のもみじ谷…
松前藩戸切地陣屋跡が正式名で、幕末の1855(安政2)年、徳川幕府が松前藩に築造を命じた西洋式の城郭。五稜郭は、日米和親条約締結による箱館開港に伴い、1857(安政4)年に着工していますからこちらの方が先輩格の城となりま…