比屋定バンタ
沖縄県久米島町、久米島の北東部、阿嘉(あか)にある高さ200mの断崖絶壁が、比屋定バンタ(ひやじょうばんた)。バンタとは方言で断崖の意味で、比屋定集落から阿嘉集落に向かう坂を上った一周道路沿いに展望台があります。展望台周…
沖縄県久米島町、久米島の北東部、阿嘉(あか)にある高さ200mの断崖絶壁が、比屋定バンタ(ひやじょうばんた)。バンタとは方言で断崖の意味で、比屋定集落から阿嘉集落に向かう坂を上った一周道路沿いに展望台があります。展望台周…
沖縄県久米島町、久米島東部の仲里地区の東に浮かぶ奥武島(おうじま)。久米島とは海中道路で結ばれていますが、その奥武島の南西部にある奇岩群が畳石です。その名の通り、畳を敷き詰めたような雄大な景観で、まるで 巨大な亀の甲羅の…
沖縄県宮古島市、下地島(しもじしま)西岸の海岸台地(琉球石灰岩のカルスト台地)の上にある巨岩が帯岩で、下地島巨岩(帯岩)として宮古島市の史跡となっています。佐和田の浜などにも巨岩がゴロゴロとしているが、実はこの巨岩、江戸…
沖縄県宮古島市、下地島(しもじしま)の西岸にある池が通り池。大小2つの円形の池で海側の池は洞窟で海と通じています。さらに2つの池は地下で繋がっているという特殊な構造が通り池の名の由来。海岸にある鍾乳洞が波の侵食で大きくな…
沖縄県那覇市、首里城公園の地下にある地下壕の跡が旧日本軍第三十二軍司令部壕。沖縄戦における日本軍沖縄守備第三十二軍の洞窟軍司令部跡です。昭和19年3月22日、南西諸島方面の防衛強化のために創設されたのが第三十二軍。アメリ…
沖縄県那覇市、首里城の城下町、金城町の共同井戸のひとつが上ヌ東門ガー(いーぬあがりじょうがー)。沖縄では自然の湧泉を利用した共同井戸をガー(またはカー)と呼びますが、上ヌ東門ガーの構造は、斜面をL字型に削りの井戸口(水溜…
沖縄県那覇市の「金城町の石畳道」の中間付近から、脇道に入ると旧内金村の拝所(ウガンジュ)、内金城嶽(うちかなぐすくたき)があり、敷地内には樹齢200年~300年の5本の大アカギの木が茂っています。この森が、内金城嶽の大ア…
沖縄県那覇市、かつて首里城の城下町だった金城町にあるのが内金城嶽(うちかなぐすくたき)。「金城町の大アカギ」と呼ばれる巨木の茂る森の一角、神々を祀った御嶽(うたき)が内金城嶽です。御嶽は、守護神が祀られる場所や聖地を意味…
大阪市街地を流れる大川に架る国道1号の橋が桜宮橋(さくらのみやばし)。銀色の橋であることから「銀橋」と通称され、大阪では通称名の銀橋の方が有名。大川・中之島の橋梁群(桜宮橋、天満橋、天神橋、大江橋、淀屋橋)として土木学会…
沖縄県那覇市、石畳の古道「金城町の石畳道」の途中にある湧水が金城大樋川(かなぐすくうひーじゃー)。樋川(ヒージャー)とは、沖縄の伝統的な共同井戸のうち、離れた水源から湧き出した水を水路で井戸に導き、樋より水が流れ出る形式…
沖縄県南城市(なんじょうし)にある井泉(せいせん=共同用水施設)が仲村渠樋川(なかんだかりひーじゃー)。南城市を走る国道331号から沖縄県道137号(佐敷玉城線)に入り、百名交差点を過ぎたあたりが仲村渠集落。県道から東へ…
沖縄県糸満市大里の南山城跡(なんざんぐすくあと)近くにある湧水が嘉手志川(かでしがー)。三山時代に栄えた南山王の居城・南山城は大里按司(おおざとあじ)をはじめとする南山王統の居城。玉城、知念にまで及ぶ一大勢力を誇りました…
沖縄県南城市(なんじょうし)、グスクロード・垣花城跡(かきのはなぐすくあと)近くにある湧水群が垣花樋川(かきのはなひーじゃー)。環境省の名水百選(昭和の名水)に認定される日本最南端がこの垣花樋川です。沖縄では湧き水をカー…
沖縄県那覇市、首里城の瑞泉門の門前にある琉球石灰岩の間から清冽な水が湧き出す樋口が龍樋。龍の口から湧水が湧き出す場所で、王宮の飲料水として使われていました。1719年に中国から琉球に来た冊封使(さっぽうし)の徐葆光(じょ…
沖縄県那覇市の首里城近くにある魚小堀(イユグムイ)とも呼ばれる池、龍潭(りゅうたん)。1427年、琉球を統一した尚巴志王(しょうはしおう)が造らせた池。重陽(ちょうよう)の日(旧暦9月9日)にはこの池で重陽之宴が設けられ…
沖縄県那覇市、首里公園にある円覚寺跡総門前の円鑑池(えんかんち)の中の島にある小堂とそこに渡る橋が天女橋・弁財天堂。弁財天堂は、1502年に、朝鮮王から贈られた経典を収納するため琉球王・尚真王(しょうしんおう)が建立。そ…
沖縄県那覇市にある臨済宗の寺で沖縄随一の大寺の跡が円覚寺跡。琉球王朝の黄金時代を築いた尚真王(しょうしんおう)が、1494年に3年の歳月をかけて建立した琉球王家の菩提寺。開山は日本の禅僧・芥隠承琥(かいいんじょうこ)。名…
大阪市の土佐堀川に架かる歩行者専用橋が錦橋(にしきばし)。昭和6年に土佐堀川の浄化を目的に設置された土佐堀川可動堰が前身。大阪市の第一次都市計画で市内6カ所(堂島川、土佐堀川、長堀川、道頓堀川、江戸堀川、京町堀川)に設置…