前二子古墳
群馬県前橋市の赤城山南麓の古墳密集地帯、城南地区にある大室古墳群(国の史跡)のひとつが前二子古墳。墳丘長94m(全長148m)の前方後円墳で、石室も公開されています。しかも前二子古墳は、明治13年、日本で最初に西洋の科学…
群馬県前橋市の赤城山南麓の古墳密集地帯、城南地区にある大室古墳群(国の史跡)のひとつが前二子古墳。墳丘長94m(全長148m)の前方後円墳で、石室も公開されています。しかも前二子古墳は、明治13年、日本で最初に西洋の科学…
千葉県船橋市、船橋大神宮の境内にある明治13年に設置された歴史ある灯明台(とうみょうだい=灯台の前身)が、船橋大神宮灯明台。慶応4年(1868年)、戊辰戦争の戦火で船橋大神宮にあった常夜灯が焼失し、代わって築かれたのが船…
高知県高知市五台山、高知県立牧野植物園の南園にあるのが「日本の植物分類学の父」といわれる植物学者・牧野富太郎の採取風景をイメージして制作されたブロンズ像、牧野富太郎像。牧野富太郎の業績を顕彰する高知県立牧野植物園に、昭和…
高知県安芸郡芸西村、ロングビーチが続く琴ヶ浜(ことがはま)の琴ヶ浜野外劇場駐車場東側に立つのがお龍君枝姉妹像。桂浜(高知市)の坂本龍馬像に向かって手を振る龍馬の妻・お龍と、お龍の妹・君枝の姉妹像です。お龍は龍馬死後の一時…
高知県幡多郡大月町、高知県西南端、大月半島の先端に位置する柏島と四国本土を結ぶ橋が新柏島大橋。昭和42年、柏島大橋が完成し、それまで渡船で行き来した島が結ばれましたが、平成5年8月に高知県道43号(柏島二ッ石線)の新橋と…
高知県宿毛市、宿毛小学校のプール近くにあるのが野中兼山一族幽閉地。江戸時代初期の土佐藩家老・野中兼山は、港湾整備や新田開発などのインフラ整備に尽力しますが、過酷の労働への反発、さらには庶民の生活を圧迫し、怨嗟の念が高まっ…
高知県香美市土佐山田町にある江戸時代初期の土佐藩執政(家老)・野中兼山の邸跡が、野中兼山邸跡。同じ土佐山田町の山田堰築造、柏島石堤を構築するなど、積極的なインフラ整備が庶民の生活を圧迫し、怨嗟の声が高まって失脚。別宅「明…
高知県安芸市、「未来に残したい漁業漁村の歴史文化財産百選」に選定されるのが、伊尾木漁港石積堤。幕末に河野の郷士(在郷武士)・久保家によって漁港整備にと内港の開削が進められ、石組の防波堤が着工されましたが、藩の財政難から工…
高知県の西端、高知県幡多郡大月町の柏島にある石造りの護岸が、柏島石堤。江戸時代初期、土佐藩の執政(家老)・野中兼山が7年の歳月を費やして築いた石造防波堤で高知県の史跡。柏島の島民は石堤の横に野中兼山神社を建立し、野中兼山…
高知県香美市土佐山田町を流れる一級河川・物部川(ものべがわ)に築かれた堰(ダム)の跡が、山田堰跡(やまだぜきあと)。寛永13年(1636年)、土佐藩の執政(家老)となった野中兼山は、山田堰の建設などの物部川の治水を行ない…
高知県高知市長浜に鎮座する古社が、若宮八幡宮。文治元年(1185年)、源頼朝が祖父・源為義の京の邸宅跡に六條若宮八幡宮を創建した際、土佐国吾川郡を神領とし、その鎮護のために建立されたのが若宮八幡宮。八幡神は武神として崇め…
高知県高知市長浜の若宮八幡宮境内にあるのが、長宗我部元親初陣の像(ちょうそかべ もとちかういじんのぞう)。永禄3年(1560年)、長浜の戦いで、22歳の時(数えで23歳)という遅い初陣を迎えた長宗我部元親が、出陣の前夜、…
高知県室戸市、室戸岬背後の尾根沿いを走るのが、もともとは有料道路として昭和45年3月28日に開通、昭和56年4月1日に無料化された室戸スカイライン。現在は高知県道203号(室戸公園線)となっていて、途中には最御崎寺(四国…
高知県室戸市、室戸岬背後の尾根沿いを走るのがかつては有料道路だった室戸スカイライン。現在は高知県道203号(室戸公園線)となっていますが、観光ルートとして健在で、津呂山の山頂(高岡園地)には室戸スカイライン山頂展望台(津…
高知県室戸市、室戸岬のアコウ茂る高台に設置された新しい展望台が室戸岬展望台。登り口は突端の中岡慎太郎像の横。狭い階段を上って、展望台へと到達します。室戸岬の岩礁地帯を眼下に、大海原を眺望する展望台は「恋人の聖地」の銘板も…
高知県室戸市、室戸岬の突端を走る国道55号の脇、石垣を組んだ上に大海原を見渡すようなかたちで立つのが中岡慎太郎像。中岡慎太郎は、坂本龍馬とともに近江屋で刺客に襲われて没した勤王の志士。昭和10年、安芸郡連合青年団・室戸岬…
高知県長岡郡本山町、本山町市街にある町立国保嶺北中央病院、高知県立嶺北高等学校北側を流れる吉野川上流部にある沈下橋が、嶺北橋(飛び岩沈下橋)。四万十川同様に吉野川にも生活道路として架橋される沈下橋が多く、そのひとつが嶺北…
沖縄県糸満市にある大渡海岸(おおどかいがん)は、別の名をジョン万ビーチ。足摺岬沖で漂流し、鳥島でアメリカの捕鯨船に救助され、日本人として初めてアメリカ大陸に上陸した土佐の漁師、ジョン万次郎(中浜万次郎)が、10年を経て…