田辺城水門跡
和歌山県田辺市、田辺市を流れる会津川の河口、錦水公園の一角にあるのが田辺城水門跡。慶長11年(1606年)、紀伊和歌山藩初代藩主・浅野幸長(あさのよしなが)の家老・浅野知近(あさのともちか)が築城。その後、すぐに廃城とな…
和歌山県田辺市、田辺市を流れる会津川の河口、錦水公園の一角にあるのが田辺城水門跡。慶長11年(1606年)、紀伊和歌山藩初代藩主・浅野幸長(あさのよしなが)の家老・浅野知近(あさのともちか)が築城。その後、すぐに廃城とな…
和歌山県西牟婁郡白浜町、白浜スカイライン沿いの標高113mの高台にある公園が平草原公園。2000本の桜が咲き誇り、春は花見の名所に、さらにサザンカ園、バラ園、アジサイ園、ツツジ園などが整備され四季折々の花を楽しむことがで…
岡山県高梁市成羽町吹屋にあるベンガラ(紅殻)をテーマにしたミュージアムがベンガラ館。九谷焼や伊万里焼など、陶磁器の絵付けなどに使われる赤色の顔料が、ベンガラ。瓦や木材の防腐剤としても用いられ、吹屋では赤銅色の石州瓦とベン…
岡山県高梁市成羽町、吹屋銅山の観光用の坑道が笹畝坑道(ささうねこうどう)。大同2年(807年)の発見と伝えられる吹屋銅山。銅山は昭和47年に閉山していますが、江戸から大正時代まで採掘され、おもに黄銅鉱などを産出した笹畝坑…
山口県萩市の鶴江地区と浜崎地区を結ぶ、萩市営の渡船が鶴江の渡し。正式名称は市道浜崎鶴江線で市道の扱いのため、無料で乗船できます。萩城下の東を流れる松木川を渡るもので、上流側の雁島橋まで橋がないため、市民、観光客の貴重な足…
山口県萩市、平安古(ひやこ)の総門(南の総門)南側に流れる萩城外堀の新堀川に架かり、堀内と平安古地区を結ぶ橋が平安橋。当時は城下町から萩城三の丸への通路として利用されていたという。現在の橋は明和年間(1764年~1771…
山口県萩市、萩城下の平安古(ひやこ)エリア(萩市平安古地区伝統的建造物群保存地区)にあるのが久坂玄瑞誕生地(久坂玄瑞旧宅跡)。久坂玄瑞(くさかげんずい)は、天保11年(1840年)、萩藩医・久坂良迪(くさかりょうてき)の…
山口県萩市堀内地区、萩城三の丸、三年坂筋、平安古(ひやこ)の総門に隣接していた児玉家(幕末には児玉三郎右衛門邸)の長屋門が、旧児玉家長屋門。萩市堀内地区伝統的建造物群保存地区にある、なまこ壁の長屋門。児玉家は、萩藩寄組(…
山口県萩市、松陰神社の敷地内にある、吉田松陰の実家・杉家旧宅で、吉田松陰が謹慎生活を送った建物が吉田松陰幽囚ノ旧宅。吉田松陰が幽囚した杉家旧宅には、三畳半の部屋が当時のまま残されており、見学が可能。ここで松陰は、読書と著…
山口県萩市川島地区、萩を流れる阿武川の分岐にあたる川島樋門を起点に、幅1.5m、延長約2.6kmの人工用水が藍場川。萩藩(長州藩)6代藩主・毛利宗広(もうりむねひろ)が計画し、元文4年(1739年)に新堀川まで開削された…
山口県萩市旧松本村地区にある伊藤博文が松下村塾に通ったという伊藤博文旧宅近くに建つのが伊藤博文別邸。明治41年、伊藤博文がハルビン駅で射殺される2年前に、東京府下荏原郡大井村(現・東京都品川区大井3丁目)に建築した別邸の…
山口県萩市、松陰神社近くの椿東地区にあり、伊藤博文が14歳~28歳までの13年間の家が伊藤博文旧宅。博文は、ここから松下村塾(しょうかそんじゅく)にも通っていたのです。茅葺き入母屋造りの平屋の旧宅には、勉強部屋や母に叱ら…
尾張国の総社、尾張大国霊神社(国府宮)近くの愛知県稲沢市松下2丁目に立つのが尾張国衙址碑(おわりこくがあとひ)。尾張国の国府の遺構はまだ見つかっていませんが、ここが尾張国府推定地。稲沢市の松下地区は、かつての字名が国衙(…
山口県萩市、浜崎地区(萩市浜崎重要伝統的建造物群保存地区)にある、萩藩主(長州藩主)の御座船や水軍の船を格納するために作られた船の格納庫の遺構が旧萩藩御船倉。明治以後に河岸埋め立てが行なわれるまでは松本川に接しており、外…
山口県萩市、萩城下の平安古(ひやこ)地区(平安古重要伝統的建造物保存地区)南端にある旧田中別邸に隣接するのが、かんきつ公園。維新後に夏みかんの栽培を奨励した小幡高政(おばたたかまさ)を記念して、夏みかん100本をはじめと…
山口県萩市、萩城下の平安古(ひやこ)地区南端にある第26代内閣総理大臣を務めた田中義一の別邸が旧田中別邸。敷地は、江戸時代の毛利筑前下屋敷にあたり、明治時代には夏みかん栽培を奨励した小幡高政が住んでいました。江戸時代末期…
山口県萩市、重伝建に選定される堀内地区、萩城大手門(二の丸南門)跡の南50mに建つ厚狭毛利家(あさもうりけ)の萩屋敷の武家長屋が旧厚狭毛利家萩屋敷長屋。萩に現存する武家長屋ではもっとも規模が大きな建物で、横一列に各部屋が…
山口県萩市、堀内地区の堀内鍵曲(ほりうちかいまがり)すぐ近くにある武家屋敷が口羽家住宅。口羽家は、萩藩の寄組士で1018石ほどの家柄。現存するのは、主屋と表門の2棟で、いずれも18世紀後半から19世紀初めに建てられたもの…