中山道落合の石畳

中山道落合の石畳

岐阜県中津川市、中山道馬籠宿から落合宿に向かう途中の難所が十曲嶺(とまがりとうげ)。地元では十石峠とも呼ばれた場所で、街道時代には峠を石畳の道で越えていました。これが中山道落合の石畳。明治以降、荷馬車が通りやすいように石畳が剥がされ、現在では3ヶ所、延長70.8mが往時のままの石畳。旧状を含む960mが修復保存されています。

美濃、信濃国境近くの難所を越えた石畳の道

旧中山道木曽路部分は信濃路自然歩道として整備され、現在でも11の宿場跡を歩いて訪ねることも可能。
美濃国(現・岐阜県南部)の落合宿(中山道六十九次、江戸から数えて44番目の宿場)と信濃国(現・長野県/平成17年2月、長野県木曽郡山口村の越県合併により岐阜県中津川市に編入)の馬籠宿の間は急な坂道で、大雨による道のぬかるみを防ぐために、自然石を敷き詰めて整備されたのが「落合の石畳」。

幕末の文久元年(1861年)、皇女和宮の江戸入りの際、大井川の川止めなどで日程計算の立たない東海道を避け、中山道を利用したため、歩きやすく改修された記録も残されています。

明治以降は荷車などの通行に不便なため、撤去される部分が多く、往時のままの石畳が残るのは3ヶ所・延長70.8mのみ。

昭和63年からの歴史の道整備事業で全長840mが完全に復元され、古(いにしえ)の旅情を満喫できるようになっています。
平成17年には新茶屋側から約120mの石畳が山口村と中津川市の合併記念事業として整備され総延長は1km近く、960mになっています。

落合の石畳を上りきった馬籠宿寄りには「是より北 木曽路 藤村老人」の碑が立っています。
ここが、かつての美濃国と信濃国の国境。
平成17年2月13日、長野県木曽郡山口村が越県合併により岐阜県中津川市に編入されるまでは、岐阜・長野県境でもあった場所です。
「是より北 木曽路 藤村老人」の碑は、昭和32年、藤村記念館建設の実行母体である「ふるさと友の会」が建立した石碑で、碑文は、昭和15年7月、当時68歳だった島崎藤村が、地元の要請によって揮毫(きごう)。

中山道落合の石畳
江戸時代の石畳も脇には排水溝が配されていました
名称 中山道落合の石畳/なかせんどうおちあいのいしだたみ
所在地 岐阜県中津川市落合新茶屋
関連HP 中津市公式ホームページ
ドライブで 中央自動車道中津川ICから約10.5km
駐車場 落合石畳駐車場(5台/無料)
問い合わせ 中津川市文化振興課 TEL:0573-66-1111
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
落合宿本陣

落合宿本陣

岐阜県中津川市、中山道江戸から数えて44番目の宿場で、美濃路(現在の岐阜県南部)の入口に位置したのが落合宿です。その落合宿では本陣遺構が現存。美濃十六宿の最初の宿場で、落合宿本陣は美濃路でも唯一現存している本陣遺構で、毎週日曜に一般公開が行

 

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