後藤さんのルーツを探せ!

大姓31位の後藤さんは全国に39万人が暮らし、シェアは0.31%ほど。後藤さんの「後」は後裔(代々血でつながってきた血筋)という意味。「藤」は藤原氏を指し、「藤原の末裔」を表しています。つまり後藤さんは、佐藤さん、伊藤さん、加藤さんなどと同様に藤原家の末裔ということになるのです。

後藤さんにはさまざまな系統が

後藤さんにはさまざまな系統がありますが、後藤又兵衛を輩出した播磨(はりま=兵庫県)の後藤氏を始め、史上著名なのは藤原利仁(ふじわらのとしひと=平安中期の武将)の末裔とされる流れでしょう。

藤原利仁は、上総介(かずさのすけ)、下総介や武蔵守といった坂東(関東地方)の国司を歴任し、鎮守府将軍となっています。

また、同じ藤原利仁の末裔の肥前(佐賀県・長崎県)の後藤氏、美作(岡山県)の後藤氏なども知られています。
遠江(静岡県西部)の後藤氏、讃岐(香川県)の後藤氏、美濃(岐阜県南部)の後藤氏、桑名(三重県東部)の後藤氏、さらに後鳥羽院の西面の武士として承久の乱で切られた後藤基清(ごとうもときよ)と基清の子でありながら父を斬首しなければならなかった後藤基綱、金座・銀座を支配した後藤氏、装剣彫金家の後藤氏など多彩な後藤氏がいるのも、藤原氏の後裔ゆえといえるでしょう。

東京の復興に務めた後藤新平を忘れるわけにはいかない

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後藤新平

後藤さんの有名人といえば、歴史的には関東大震災後の帝都復興に務めた後藤新平と、戦国武将の後藤又兵衛がその筆頭。

満鉄初代総裁、ボーイスカウト日本連盟初代総長、東京市第7代市長の後藤新平は、陸奥国胆沢郡鹽竈村(現・岩手県奥州市水沢区)の出身。

大正12年、関東大震災が起こると、後藤新平は帝都復興院総裁として帝都・東京の復興にあたり、世界で初めて区画整理を基本とする都市計画を推進。
東京から放射状に伸びる道路と環状道路からなる道路建設は、予算難のため縮小されながらも実行され、当初案では道路の幅員70m~90m、道路に緑地帯を持たせるという世界の都市計画史に残る快挙ともいえるものでだったのです。

後藤新平の故郷である奥州市に「奥州市立後藤新平記念館」があるので、後藤さんならぜひお立ち寄りを。

兵庫、大分の後藤さんなら後藤又兵衛に注目

後藤又兵衛
後藤又兵衛

後藤又兵衛(後藤基次)もまた後藤姓の中の有名人物。

黒田孝高(くろだよしたか=黒田官兵衛)、豊臣秀頼に仕え、「黒田二十四騎」、「黒田八虎」、「大坂城五人衆」の一人に数えられた武将。
出生は定かでありませんが、播磨国姫路近郊の神東郡山田村(現在の姫路市山田町)が有力。

後藤又兵衛は、文禄元年(1592年)から始まる秀吉の朝鮮出兵や、慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いには東軍として従軍。
朝鮮出兵の第二次晋州城攻防戦では亀甲車で城壁を突き崩し、関ヶ原の戦いでは石田三成家臣の大橋掃部(おおはしかもん)を一騎討ちで破るなどの武功を挙げていますが、豊臣方についた大坂夏の陣で華々しく討ち死にしています。

後藤又兵衛の遺跡としては、大阪府柏原市の玉手山公園(後藤又兵衛基次之碑)が筆頭。
大坂夏の陣の際に後藤又兵衛が陣を構えたのが玉手山で、公園内に戦死者の供養塔、後藤又兵衛碑や後藤又兵衛しだれ桜が残されています。

奈良県宇陀市大宇陀区の薬師寺境内には「法泉院量嶽安寿居士」と記された墓がありますが、こちらは「紀州を廻って知人を頼り大和宇陀の当地へ来て、本郷の鉱泉で傷を癒し、豊臣家の再興を待った」という伝承にすぎません。

このほか愛媛県伊予市の長泉寺、鳥取県鳥取市の景福寺などもゆかりの地。
後藤又兵衛の墓は大分県中津市(旧耶馬溪町)にもあるのですが、こちらも後世の作でしょう。
墓には「義刃智光居士」と名が刻まれており、大坂夏の陣では死なずに放浪の旅で西下し、耶馬溪に落ち着いたという伝承です。

兵庫の春日山城も後藤さんのルーツのひとつ

後藤さん関連の遺跡としては、春日山城跡に注目。
播磨後藤氏は鎌倉御家人の有力者で、播磨守護を務めたこともある名門。
最後の播磨国・春日山城主だった後藤基信は、羽柴秀吉の中国征伐という時代の怒涛の中に消えていきましたが、兵庫県神崎郡福崎町に播磨後藤氏の居城であった春日山城跡が残されています。

城跡廻りの散策コースには、城主後藤氏に厚く祀られていた余田大歳神社(よだおおとしじんじゃ)や後藤基信が春日山城の鬼門除けに創建したという曹洞宗の嶺雲寺も含まれています。

八千種富士と呼ばれる飯盛山山頂を主郭としたのが春日山城で、後藤基明が初代城主です。

九州なら武雄神社が後藤さんのパワースポット

武雄神社の大楠
武雄神社の大楠

佐賀県武雄市の武雄神社は、肥前後藤氏の祖が当地に地頭として下向したとき、京の祇園社(現・八坂神社)の分霊を携えてきたのが始まりという後藤さんゆかりの古社。

武雄神社は、後藤家2代の後藤資茂が12世紀初頭に塚崎御船山城を築き、以来、武雄神社を尊崇したとも伝えられています。
武雄神社の御神木にもなっている大楠は、樹齢3000年以上で全国第6位の巨木。
後藤さんのパワースポットにピッタリの社と御神木です。

藤原姓の末裔としては、佐藤、伊藤、加藤、斎藤に次ぐ数

さらに、美濃の後藤氏の加賀野城跡(大垣市)にはぽつねんと石碑が立ち、東近江市には六角氏の重臣であった後藤氏館跡があります。

静岡県静岡市葵区金座町のかつての金座跡でもある後藤屋敷跡には、日本銀行静岡支店が建っているのが面白いところ。

後藤さんは、大分県では大躍進の大姓2位(1.90%)、そのほかに、岐阜県で8位、山形県9位となっています。
藤原姓の末裔としては、佐藤さん(大姓1位)、伊藤さん(6位)、加藤さん(10位)、斎藤さん(16位)に次ぐ31位で、近藤さん(36位)、遠藤さん(39位)、安藤さん(70位)、工藤さん(73位)などよりは多いということに。
ズバリの藤原さんは56位です。

代表紋は琴柱(ことじ)、轡(くつわ)。
ほかに藤原氏の末裔らしい、華やかな宮廷文様から派生した下り藤、上り藤、丸に違い鷹の羽、開扇、枝柏、三つ柏、横木瓜、あわび、五三桐など。

後藤新平は下り散ら藤紋(さがりばらふじ)です。

取材・編集協力/札場靖人(家紋と姓名研究家)
人口に関するデータは明治安田生命全国同姓調査による(2018年7月)推計値です

後藤さんのルーツを探せ!
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

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