ムーセ旧居

ムーセ旧居

兵庫県朝来市(あさごし)佐嚢にある明治初期建築の洋館がムーセ旧居。明治維新とともに生野銀山(生野鉱山)が、日本で初の国営鉱山となり、フランス人技師の指導を仰いだ際、その住居として建築されたもの。明治4年暮れから明治5年に建てられた5棟のフランス人技師宿舎のひとつです(兵庫県の重要文化財)。

フランス人技師の宿舎として建築された洋館

ムーセ旧居

2階建ての一番館、平屋建ての二番館は、生野鉱山から少し離れた白口に建っていましたが、後に神子畑に移築されたのが二番館で、現存するムーセ旧居です。
設計者は現在博物館明治村で保存される西郷従道邸(さいごうつぐみちてい/重要文化財)、居留地では横浜居留地のドイツ海軍病院、三菱社などを設計したフランス人建築家のJ・レスカス(J.Lescasse)だという記録が残されています。

フランス人鉱山技師のムーセこと、エミール・テオフィール・ムーシェ(Emile Theophile Mouche)は、明治2年、日本政府の招聘により夫人とともに来日。
明治4年12月頃から明治13年に任期満了により離日するまで、生野銀山の指導、明治8年夏には短期間、三池炭坑にも雇われ、鉱質調査を行なっていいます。

ムーセは、サン=テティエンヌの鉱山学校卒業で、生野銀山の技師長を務めたジャン・フランシスク・コワニエと同窓。
明治10年のコワニエ帰国後は、ムーセが技師長を務めていました。

鉱山開発に携わったフランス人技師たちのうち、ムーセやコワニエたち幹部妻帯者は、5棟の住宅に居住していたのです(フランス人技師宿舎が完成する以前は、生野町の西福寺、金蔵寺に暮らしていました)。

明治11年11月に神子畑鉱山が再発見され、明治14年、神子畑鉱山の本格開坑、開発が始まり、明治20に神子畑〜生野間の鉱石運搬の馬車道が完成したのに伴って明治21年に二番館も神子畑選鉱場に移築。
すでにムーセたちは帰国していたので、鉱山事務所として移築され、大正時代には病院、昭和48年まで診療所、昭和58年まで健康相談所として利用されていました。

国道429号バイパス計画と老朽化で、平成16年に北西側に解体修復工事が実施されています。
移築にあたって生野時代の外観にほぼ復され、内部は移築後の事務舎時代の推定される旧状に戻されているため、正確なムーセ旧居とはいえませんが、ムーセ旧居と通称されていたため、その呼称が使われています。
付属の管理棟は、生野鉱山時代の写真、絵図を元に復元整備をしたもの。
屋根瓦に菊花の紋章があるのは、明治22年から7年間、宮内省財産(御料局生野支庁)となったことの名残り。
暖炉飾りなどは、神戸の異人館を参考に復元されています。

現在、神子畑選鉱場などの資料展示を行なうムーセ旧居資料館として公開されています。

日本遺産「播但貫く、銀の馬車道 鉱石の道~資源大国日本の記憶をたどる73kmの轍~」の構成資産にもなっています。
また、神子畑鉱山事務舎・ムーセ旧居として経済産業省の近代化産業遺産「我が国鉱業近代化のモデルとなった生野鉱山などにおける鉱業の歩みを物語る近代化産業遺産群」に認定。

ムーセ旧居
名称 ムーセ旧居/むーせきょうきょ
所在地 兵庫県朝来市佐嚢1826-1
関連HP 朝来市公式ホームページ
電車・バスで JR播但線新井駅からタクシー15分
ドライブで 播但連絡道路朝来ICから約8km
駐車場 20台/無料
問い合わせ 鉱石の道神子畑交流館「神選」 TEL:079-666-8002
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
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