旧生野鉱山職員宿舎 (志村喬記念館)

旧生野鉱山職員宿舎 (志村喬記念館)

兵庫県朝来市生野町口銀谷に現存する日本で最初に建てられた鉱山官舎・社宅が旧生野鉱山職員宿舎。明治時代から大正、昭和にかけての風呂や竈(かまど)などの生活様式の変化を展示するほか、その一部は、黒澤明監督作品に数多く出演した俳優・志村喬(しむらたかしを紹介する志村喬記念館になっています。

明治9年築、甲7号棟が志村喬記念館に

旧生野鉱山職員宿舎 (志村喬記念館)

旧生野鉱山職員宿舎は、ピーク時には18棟が軒を連ねていましたが、6棟のみが現存。
そのうち、甲7号棟、甲8号棟、甲9号棟、甲19号棟の4棟の建物を修復・復元し、旧生野鉱山職員宿舎として公開しています(管理棟は甲20号社宅)。
そのうち、甲7号棟、甲8号棟、甲9号棟は、日本初の官営鉱山としてフランス人技師を招いて近代鉱山としての開発が始まった明治9年に官舎として、甲19号棟は明治29年、生野鉱山が宮内省から三菱合資会社に払い下げられた際に、社宅として建てられたもの。
甲8号が明治時代、甲7号が大正時代、甲9号が昭和初期を想定して復元され、風呂場や便所、台所がそれぞれの時代を繁栄しているので、この部分のチェックを。

生野に最初に建てられたのが甲社宅、続いて乙社宅、茶畑、寺の上、緑が丘、扇山、猪野々、新町などに数多くの社宅が建設されましたが、今ではほとんどが取り壊されてしまい現存していません。

建具などは大正期の時代設定で復原される甲7号棟(明治9年築)は、兵庫県朝来郡生野町(現・朝来市生野町)出身の志村喬(しむらたかし=父は三菱生野鉱業所の冶金技師)の生い立ち、出演作品の資料、遺品などを展示する志村喬記念館になっています。

生野鉱山官舎・社宅群は、経済産業省の近代化産業遺産「我が国鉱業近代化のモデルとなった生野鉱山などにおける鉱業の歩みを物語る近代化産業遺産群」にも認定。
さらに日本遺産「播但貫く、銀の馬車道 鉱石の道~資源大国日本の記憶をたどる73kmの轍~」の構成資産にもなっています。

旧生野鉱山職員宿舎 (志村喬記念館)

カラミ石の井戸

旧生野鉱山職員宿舎 (志村喬記念館)

旧生野鉱山職員宿舎の入口にはカラミ石の井戸もありますが、カラミ石は製錬過程で生まれる副産物。
鉱石を粉にして溶かすと、比重の重い金属(銀や銅など)は下に沈み、比重の軽い岩石の成分が上に浮きます。
この浮いた部分がカラミで、それを固めたものがカラミ石、生産量の時代でその捨場に困ったため、箱型の容器で成型してカラミ石として売り出していたのです。
まさに明治、大正期のリサイクル製品で、生野鉱山では大正11年までカラミ石の製造も行なわれていました(生野町の各地で活用されています)。

旧生野鉱山職員宿舎 (志村喬記念館)
名称 旧生野鉱山職員宿舎 (志村喬記念館)/きゅういくのこうざんしょくいんしゅくしゃ(しむらたかしきねんかん)
所在地 兵庫県朝来市生野町口銀谷697-1
関連HP 旧生野鉱山職員宿舎公式ホームページ
電車・バスで JR播但線生野駅から徒歩15分
ドライブで 播但連絡道路生野ICから約2km
駐車場 あり/無料
問い合わせ 旧生野鉱山職員宿舎 (志村喬記念館)TEL:079-670-5005
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
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