元町公園

元町公園

神奈川県横浜市山手地区の緑豊かな公園で、公園の最上部には山手本通りが通り、本通り沿いのべーリック・ホール、エリスマン邸、山手234番館の横浜山手西洋館3館も敷地内にあります。山手本通りから一歩園内に入れば、ジェラールの水屋敷跡や山手80番館遺跡など、歴史的に貴重なものが数多く残されています。

公園内には居留地時代の遺構も

元町公園

横浜の開港時の慶応3年(1868年)、フランス人実業家のアルフレッド・ジェラール(Alfred Gérard)は、当時、居留地77番地と呼ばれた地から湧き出る良質の天然水を、居留民や船舶に飲料水として販売。
さらに「ジェラール瓦」と呼ばれた西洋瓦の工場を開設しました。
居留地77番で汲んだ水は当初は樽詰めして販売していましたが、後に事業を拡大し、堀川までパイプを敷設し、小舟に積んで港内に停泊中の船舶まで運ぶようになりました。

元町公園の一部はこのジェラールの貯水施設(当時地元の人々は「水屋敷」と呼んでいました)で、関東大震災後の給水活動にも活躍した施設です(その施設跡がジェラール水屋敷跡、ジェラールは明治11年に離日)。

山手80番館遺跡は、関東大震災前の外国人住宅の遺構(震災当時はマクガワン夫妻の住居)で、山手本通り側に玄関のある、斜面に建てられた3階建ての建物でした。
建物の基礎部分のレンガ壁の一部(地下室部分)などが現存しています。

公園となったのは関東大震災で建物が倒壊した後の昭和5年。
横浜市青年連合団の提案で井戸水を使ったプールも設置され、今もプールは現存しています(現在は水道水を利用)。

公園の山手本通り側入口にはレトロな電話ボックスがありますが、明治23年に横浜〜東京間で始まった電話業務の100周年を記念して平成2年に設置されたもの。
明治33年に東京の京橋に初めて設置された白い六角形の屋外用公衆電話ボックス(当時の呼称は「Automatic Telephone」が直訳された「自働電話」)を再現したもので、山手地区では明治35年に横浜市内11ヶ所のひとつとして山手本町公会堂(ゲーテ座)前に初めて設置されています(明治42年に廃止)。

港の見える丘公園、山手イタリア山庭園、山手公園とともに日本の歴史公園100選に指定されています。

元町公園
名称 元町公園/もとまちこうえん
所在地 横浜市中区元町1-77-4
関連HP 元町公園公式ホームページ
電車・バスで みなとみらい線元町・中華街駅から徒歩5分、JR石川町駅から徒歩18分
ドライブで 首都高速横浜公園ICから約2km
駐車場 周辺の有料駐車場を利用
問い合わせ TEL:045-211-1101(エリスマン邸)
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
ベーリック・ホール

ベーリック・ホール

横浜・山手の高台にあるベーリック・ホールは、イギリス人貿易商バートラム・ロバート・ベリックの邸宅として、昭和5年に竣工した洋館。山手外国人住宅では最大規模の建物で、設計は山手111番館や山手聖公会、根岸競馬場などを手掛けたアメリカ人建築家J

山手234番

山手234番館

横浜市の山手地区、元町公園の前に建つ洋館が山手234番館。横浜市緑の協会が管理する横浜山手西洋館(入館無料)のひとつで、関東大震災の復興事業として昭和2年、外国人向けのアパートメントハウス(共同住宅)として建てられたもの。設計は、隣接する山

エリスマン邸

エリスマン邸

神奈川県横浜市の山手地区にある横浜市(横浜市緑の協会)が管理する横浜山手洋館(入館無料)のひとつで元町公園の山手本通り沿いに建っています。木造2階建ての洋館は、近代建築の父ともいわれるアントニン・レーモンドの設計。もともとは旧山手127番地

山手本通り

山手本通り

神奈川県横浜市の山手地区のメインストリートが山手本通りで、「日本の道100選」にも選定。もともと横浜居留地に住む人々は山手地区を「険しい崖」(形成された海岸段丘)の意味からThe Bluff(ブラフ)、あるいはYamate Bluffと呼ん

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でニッポン旅マガジンをフォローしよう!

ABOUTこの記事をかいた人。

プレスマンユニオン編集部

日本全国を駆け巡るプレスマンユニオン編集部。I did it,and you can tooを合い言葉に、皆さんの代表として取材。ユーザー代表の気持ちと、記者目線での取材成果を、記事中にたっぷりと活かしています。取材先でプレスマンユニオン取材班を見かけたら、ぜひ声をかけてください!

関連記事

よく読まれている記事

こちらもどうぞ