関宿(亀山市関宿伝統的建造物群保存地区)

関宿(亀山市関宿伝統的建造物群保存地区)

東海道五十三次の江戸・日本橋から数えて47番目の宿場が関宿。鈴鹿峠の東の麓に位置し、西の追分で大和街道が、東の追分で伊勢街道が分かれた重要な宿場が関宿。宿場は東の追分から西の追分まで1.8kmに渡る長大なもので、25.0haが国の重要伝統的建造物群保存地区に選定され、町並みの保存修復が行なわれています。

旧東海道は「日本の道100選」にも選定

関の名は、もちろん鈴鹿の関に由来。
国道1号が宿場の外れを通ったことから古き町並みが奇跡的に残され、中山道の妻籠宿に匹敵するような美しい家並みが現存しています(東海道で往時の家並みが残る、唯一の宿場です)。
軒を連ねる400軒のうち約半数が江戸・明治期の歴史的な建造物。
本陣のある中町がその中心です。

関宿には東海道沿いに行基開山と伝わる関地蔵院があり、その門前町として開けたのが関の始まり。
天然痘撲滅のために奈良の大仏が建立されていますが、三関のひとつ、古代の要衝・鈴鹿の関には、関地蔵院が建立されたのです。

同じ中町にある「旅籠玉屋歴史資料館」は、「関で泊まるなら鶴屋か玉屋、まだも泊まるなら会津屋か」と謳われた旅籠。
玉屋の向かいにある「深川屋」は寛永年間(1624年~1629年)創業の和菓子屋。
甲賀深川郷の土豪だった初代・服部伊予保重は信長に追われて関に移り住み、銘菓「関の戸」を考案したのだという。
鶴屋脇本陣波田野家(非公開)、お食事処「会津屋」(往時の旅籠を再生)など往時を偲ぶ家並みをのんびりと散策できます。
中町あたりから京方面を眺めると、関地蔵院の大屋根、鈴鹿山脈を眺望し、絵になる光景です。
関宿の旧東海道は、「日本の道100選」にも選定されています。

名称 関宿(亀山市関宿伝統的建造物群保存地区)/せきじゅく(かめやましせきじゅくでんとうてきけんぞうぶつぐんほぞんちく)
所在地 三重県亀山市関町中町
関連HP 亀山市公式ホームページ
電車・バスで JR関駅から徒歩8分
ドライブで 名阪国道関ICから約1km
駐車場 関町観光駐車場(30台/無料)・道の駅関宿駐車場(36台/無料)
問い合わせ 亀山市文化スポーツ課まちなみ文化財グループ TEL:0595-96-1218/FAX:0595-96-2414
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
関地蔵院

関地蔵院

三重県亀山市、東海道の関宿にある真言宗御室派の寺が関地蔵院。天平13年(741年)、国中に流行した天然痘から人々を救済するため行基によって創建されたという古刹で、本尊の地蔵菩薩坐像は日本最古の地蔵菩薩といわれています。正式な寺号は宝蔵寺です

関宿・高札場跡

関宿・高札場跡

旧東海道・関宿(三重県亀山市)にある街道時代に亀山藩が管理した高札場跡。キリシタン禁令などの法規的な内容から隣接宿場までの人馬駄賃の規定、生活に関わる様々な張り出しが行なわれた場所です。明治10年に撤去されましたが、江戸時代後期、寛政年間か

関宿旅籠玉屋歴史資料館

関宿旅籠玉屋歴史資料館

国の重要伝統的建造物群保存地区に指定された三重県亀山市の東海道・関宿(せきじゅく)の中心、中町にある資料館が関宿旅籠玉屋歴史資料館。街道時代には、「関で泊まるなら鶴屋か玉屋、まだも泊まるなら会津屋か」と謳われた関宿を代表する大旅籠(おおはた

お食事処会津屋

お食事処会津屋

三重県亀屋市、国の重要伝統的建造物群保存地区にも選定される東海道関宿。街道時代の旅籠「会津屋」が往時の建物を活かして「お食事処会津屋」として営業しています。レトロな建物の中で手作りおこわと、街道そばが味わうことができます。ともに食材にこだわ

関宿・百六里庭

関宿・百六里庭

東海道五十三次、江戸・日本橋から47番目の宿場が関宿(三重県亀山市)。関宿の家並みのなかに設けられた園地が百六里庭で、江戸から106里の地というのが名の由来となっています。旧東海道に面した眺関亭(ちょうかんてい)からは、鈴鹿山脈を背景にした

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でニッポン旅マガジンをフォローしよう!

ABOUTこの記事をかいた人。

プレスマンユニオン編集部

日本全国を駆け巡るプレスマンユニオン編集部。I did it,and you can tooを合い言葉に、皆さんの代表として取材。ユーザー代表の気持ちと、記者目線での取材成果を、記事中にたっぷりと活かしています。取材先でプレスマンユニオン取材班を見かけたら、ぜひ声をかけてください!

関連記事

よく読まれている記事

こちらもどうぞ