観瀾亭

観瀾亭

宮城県宮城郡松島町、松島湾に突き出した月見崎(つきみさき)と呼ばれる景勝地にある歴史的建造物が観瀾亭(かんらんてい)。豊臣秀吉が築城した伏見桃山城にあった茶室を文禄年間(1593年~1596年)に伊達政宗がもらい受けたものと伝承されています。

仙台藩の松島にあった迎賓館

観瀾亭

当初、仙台藩江戸藩邸(慶長6年に伏見城で家康に謁見した折、江戸屋敷を拝領)に移築したものを2代藩主・伊達忠宗(だてただむね)が海路で輸送し松島月見崎に移築しています。
仙台藩は藩主の姫君や側室の松島遊覧、さらには幕府巡見使の宿泊所として活用したのです。
今風にいえば仙台藩の松島迎賓館といったところ。

瀾とは波の意で、文字通り打ち寄せる波打ち際に建っています。
当初は藩主の納涼観月の亭として「月見御殿」と呼ばれていましたが、書、絵画、和歌などに秀でた5代藩主・伊達吉村(だてよしむら)が観瀾亭と改めています。
幕末までは観瀾亭の周辺に御座之間棟、広間棟、台所棟、御郡司部屋、御貸長屋、御村賄所、馬屋など11棟があったといいますが、現存していません。

仙台藩絵師・佐久間修理(さくましゅり=仙台城本丸、瑞巌寺などの障壁画を担当)の描いた床の間の張付絵、襖絵は国の重要文化財。
松島湾を眺めながら藩主や姫様気分で、抹茶やお菓子を楽しむことができます。

仙台藩祖・伊達政宗は月見崎に御仮屋(休憩所)を設けましたが、正保2年(1645年)の火事で焼失。
近年発見された『御仮屋絵図』により、観瀾亭は桃山時代の建築ではなく、正保年間(1645年〜1648年)、あるいは慶安の火災後に再建された御仮屋御殿の一部と学術的には推測されています。

宮城県の文化財に指定され、日本遺産「政宗が育んだ“伊達”な文化」の構成資産にもなっています。

観瀾亭
名称 観瀾亭/かんらんてい
所在地 宮城県宮城郡松島町松島町内56
関連HP 松島町公式ホームページ
電車・バスで JR松島海岸駅から徒歩5分
ドライブで 三陸自動車道松島海岸ICから約3.4km
駐車場 松島公園第1駐車場(26台/有料)、第3駐車場(35台/有料)、第4駐車場(55台/有料)、第5駐車場(280台/有料)
問い合わせ 観瀾亭 TEL:022-353-3355
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
松島観光船乗船場・中央観光桟橋

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