桜井茶臼山古墳

桜井茶臼山古墳

奈良県桜井市にある墳丘長207mという巨大な前方後円墳が、桜井茶臼山古墳。桜井市外山にあるので、外山茶臼山古墳(とびちゃうすやまこふん)とも称されています。3世紀末、卑弥呼の墓とも推測される箸墓古墳(はしはかこふん)に後続する時期に築かれた大王墓です。国の史跡。

初期ヤマト王権の大王クラスの前方後円墳

鳥見山の尾根の末端を切断して築造された古墳時代初期の前方後円墳。
雑木林に覆われた丘陵と思われていた場所でしたが、戦後に古墳であることが判明、最初の発掘調査が行なわれたのは昭和24年のこと(竪穴式石室は盗掘を受けていました)。
平成21年には埋葬施設の調査も行なわれ、発掘調査で、斜縁二神二獣鏡の片、平縁の神獣鏡各1面、内行花文鏡3面、三角縁神獣鏡4種6面などの副葬品が見つかっています。

平成21年の調査では、竪穴式石室を取り囲むようにして建てられていた「丸太垣」と命名された柱列(推定150本)の痕跡が発見されたほか、81面以上の鏡が副葬されていたことが判明しています。

埋葬施設は調査後埋め戻されて確認できませんが、古墳内には自由に出入ることができます。
天皇陵などの指定がないため、200mクラスの大王墓にもかかわらず、近くにあるメスリ山古墳とともに、墳丘に立ち入ることができる貴重な存在です。
見学は、後円部側からが一般的ですが、整備されていないので、足元、さらにはハチなどの虫、蛇などに注意が必要。

ヤマト王権の推定される初期の大王墓は、その築年代と規模などから、1.箸墓古墳(3世紀後半)→2.西殿塚古墳(3世紀後半)→3.桜井茶臼山古墳(4世紀初頭)→4.メスリ山古墳(4世紀初頭)→5.行燈山古墳(4世紀前半)→6.渋谷向山古墳(4世紀後半)と継承、築造されたと推測されています。

桜井茶臼山古墳
名称 桜井茶臼山古墳/さくらいちゃうすやまこふん
所在地 奈良県桜井市外山
関連HP 桜井市公式ホームページ
電車・バスで JR・近鉄桜井駅から徒歩15分
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
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