岡城・二の丸跡

岡城・二の丸跡

大分県竹田市、天神山に築かれた岡藩の藩庁が、岡城(豊後竹田城)。城郭内最高所に位置する本丸の北側に配されているのが二の丸。主殿、御風呂屋、月見櫓などが建ち、来客の接待、藩主の憩いの場になっていました。現在では来城者のための休憩所があるほか、滝廉太郎の銅像が立ち、記念撮影にも絶好。

休憩舎は御風呂屋を模したもの

岡城・本丸跡

岡城の二の丸の大部分を占めていたのが主殿(二の丸御殿)。
北側の先端に茶室と望楼を備えた月見櫓が建っていました。
茶室を備えるところから、太平の世になり、まさに藩主の月見の場所、接待の櫓だったことがわかります。
主殿の東には、御風呂屋があり、1階が蒸し風呂と東に縣け造りの縁側を配し、2階が広間と書院を有する休憩場所で、縣け造りの縁側があり、風呂上がりにのんびりできたのかもしれません。
御風呂屋、月見櫓とも主殿と結ばれる設計。


さらに2階建ての御風呂屋の2階部分から本丸へと階段で通じていました。
本丸と二の丸の段差を、2階建ての御風呂屋で解消するという珍しい設計に注目を。

二の丸の休憩所(兼トイレ)は、かつての御風呂屋を模したもの。

岡城・二の丸跡
名称 岡城・二の丸跡/おかじょう・にのまるあと
所在地 大分県竹田市竹田
関連HP 竹田市岡城跡公式ホームページ
電車・バスで JR豊後竹田駅から徒歩20分
ドライブで 東九州自動車道大分光吉ICから約41km
駐車場 200台/無料
問い合わせ 竹田市教育委員会 TEL:0974-63-1111/FAX:0974-63-2373
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

岡城

岡城は、竹田市街の東2kmにあり、1185(文治元)年、緒方三郎惟栄(これよし)が源義経を迎えるために築城したと伝わる、平山城の跡。標高325m、周囲は2つの川にはさまれ、阿蘇山の火砕流で形成された断崖絶壁に建っているため、難攻不落の名城と

岡城・大手門跡

岡城・大手門跡

大分県竹田市にある天神山に築かれた梯郭式山城が、岡城(豊後竹田城)。岡藩(竹田藩)の藩庁にもなった城域は、東西2500m、南北362mにも及び、石垣などの遺構が残され国の史跡になっています。その玄関口にあたるのが、大手門で、大手門跡は石垣の

岡城・本丸跡

岡城・本丸跡

大分県竹田市にある天神山に築かれた梯郭式山城が、岡城(豊後竹田城)。岡藩(竹田藩)の藩庁にもなった城域は、東西2500m、南北362mにも及び、石垣などの遺構が残され国の史跡になっています。その中心となる曲輪(くるわ)が本丸で、本丸跡の石垣

岡城・太鼓櫓跡

岡城・太鼓櫓跡

大分県竹田市、江戸時代に岡藩の藩庁が置かれた山城が、岡城(豊後竹田城)。日本100名城、日本さくら名所100選にも選定される城です。太鼓櫓跡は、三の丸の入口を防備する櫓門で、城内で最も重要な門だった場所。隣接して鐘櫓跡があり、ここからいよい

岡城・西の丸跡

岡城・西の丸跡

大分県竹田市にある天神山に築かれた梯郭式山城が、岡城(豊後竹田城)。岡藩(竹田藩)の藩庁にもなった城域は、東西2500m、南北362mにも及び、石垣などの遺構が残され国の史跡になっています。西の丸は3代藩主・中川久清(なかがわひさきよ)の隠

岡城・三の丸跡

岡城・三の丸跡

大分県竹田市、江戸時代に岡藩の藩庁が置かれた山城が、岡城(豊後竹田城)。日本100名城、日本さくら名所100選にも選定される城です。岡城の中核部分の入口となるのが三の丸で、往時には藩主が家臣や他藩からの使者などに対面した場所だとされています

岡城・滝廉太郎銅像

岡城・滝廉太郎銅像

大分県竹田市竹田、岡城の二の丸跡に立つのが、滝廉太郎銅像。作曲家・滝廉太郎(瀧廉太郎)は、土井晩翠作詞の『荒城の月』の作曲で有名。旧制中学校唱歌の懸賞募集の作品で、岡城をイメージして作曲したといわれ、銅像は、滝廉太郎と同窓で4歳年下の朝倉文

岡城・下原門跡

岡城・下原門跡

大分県竹田市、天神山に築かれた岡藩の藩庁が、岡城(豊後竹田城)。追手側、玄関門となる大手門に対し、搦手(からめて=裏口)にあたるのが下原門(しもばるもん)。下原門跡の石垣のみが現存しています。中川秀成(なかがわひでしげ)入城以前には、ここが

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でニッポン旅マガジンをフォローしよう!

よく読まれている記事

こちらもどうぞ