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木之本地蔵院

木之本地蔵院

湖北の「観音の里」と呼ばれる滋賀県長浜市木之本町にある眼病に霊験あらたかとして信仰をあつめる時宗の寺、木之本地蔵院。寺の名は浄信寺ですが、地蔵信仰を背景に、木之本地蔵院として有名。賤ヶ岳の戦いで、羽柴秀吉が本陣を敷き、その戦火で焼失し、片桐且元が再建しています。

眼病に霊験あらたかな寺として信仰を集める

奈良時代に祚蓮(それん)の創建と伝えられる古刹で、平安時代前期、空海による中興と伝えられるがその堂宇は賤ヶ岳の戦い(いずがたけのたたかい)の時に焼失。
さらに豊臣秀頼が再興するも江戸時代中期に火災で焼失し、現存する堂宇はその後の再建です。

本尊の地蔵菩薩立像は、高さ162cmで眉間に白毫(びゃくごう)をはめこんだ寄木造り(よせぎづくり)の彩色像で脇をかためる閻魔王立像(えんまおうりつぞう)、倶生神立像(ぐしょうじんりつぞう/倶生神=人間の個々人の生涯における善行と悪行を漏らすことなく記録し、閻魔大王に報告する天部神)とともに国の重要文化財に指定されている。

本尊は秘仏で、境内には明治27年に本尊を写した6mの地蔵菩薩像(銅像)が立てられていますが、太平洋戦争における供出も免れ壬生寺・縄目地蔵(京都府京都市)、立江寺地蔵菩薩(徳島県小松島市)、高勝寺・岩船地蔵尊(栃木県栃木市)、猿羽根山地蔵(山形県舟形町)などと並び日本三大地蔵尊(日本三大地蔵尊に関しての候補は諸説あります)に数えられています。

本尊の秘仏下を巡るお戒壇巡り(全長56.7m)もあり、信州の善光寺同様の暗がりのお戒壇巡りが可能。

江戸時代中期造園という「浄信寺庭園」は、国の名勝。
寺には片方の目をなくしたカエルが住むといわれ、その目は地蔵が眼病の人に譲ったと伝わっています。

毎年8月22日~8月25日には年に一度の『木之本地蔵大縁日』が行なわれ、多くの人出で賑わいをみせます。

観音の里といわれる長浜市ですが、浄信寺(木之本地蔵院)は、観音信仰ではなく地蔵信仰。
地蔵菩薩は地獄に落ちて苦しみにあう死者を、地獄の入口で救済すると信じられてきました(『地蔵菩薩本願経』には、善男善女のための二十八種利益が説かれています)。
観音菩薩とともに様々な霊験(れいげん=祈りに対して現れるご利益)を示して、信仰を集めたのですが、とくに地蔵菩薩は災厄病苦などを本人に代わって身に受ける身代わり地蔵として、さらに子供の守護仏と信じられ、子安地蔵、子育地蔵として尊崇されてきました。
木之本地蔵院でも身代わりカエルで、眼病治癒に霊験あらたかと信じられています。

木之本地蔵院
名称 木之本地蔵院/きのもとじぞういん
所在地 滋賀県長浜市木之本町木之本944
関連HP 長浜観光協会公式ホームページ
電車・バスで JR木ノ本駅から徒歩5分
ドライブで 北陸自動車道木之本ICから約1km
駐車場 30台/無料
問い合わせ 木之本地蔵院 TEL:0749-82-2106
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

高月観音堂(大円寺)

湖北の「観音の里」と呼ばれる滋賀県長浜市にある曹洞宗の寺が高月観音堂(大円寺)。本尊・千手観音菩薩立像は、室町時代の仏像で高さは154.2cm。この千手観音は、戦国時代に賤ヶ岳の合戦の兵火から逃れて自ら岩上に立たれたと伝えられ、火災から里人

渡岸寺観音堂(向源寺)

湖北の「観音の里」と呼ばれる滋賀県長浜市高月町にある真宗大谷派の寺、渡岸寺観音堂(向源寺)。寺伝によれば天平8年(736年)、平城京に疱瘡(ほうそう)が大流行し、その病魔退散の願いから聖武天皇の勅願で、白山を開いた泰澄が十一面観音立像を刻み

黒田観音寺

湖北の「観音の里」と呼ばれる滋賀県長浜市木之本町にある臨済宗の寺、黒田観音寺。行基開山と伝わる古刹で一本木造の千手観音立像(准胝観音に近い姿)は平安時代初期の作で国の重要文化財。夫婦円満、病気治癒にご利益があるといわれています。無住のため堂

黒田安念寺

湖北の「観音の里」と呼ばれる滋賀県長浜市木之本町黒田にあるお堂が、黒田安念寺。地元、黒田の里では「いも観音」の名で知られる小さなお堂です。かつては七堂伽藍を誇った天台宗の寺で、織田信長軍の兵火、賤ヶ岳合戦の兵火で寺は焼失。貴重な仏像は村人が

賤ヶ岳古戦場

滋賀県長浜市余呉町川並、湖北にそびえる標高421.1mの賤ヶ岳(しずがたけ)山頂一帯が賤ヶ岳古戦場。信長没後の天正11年(1583年)、羽柴秀吉と柴田勝家との賤ヶ岳の戦いで、秀吉方で活躍した7人の武将は「賤ヶ岳の七本槍」として有名。この戦勝

木之本地蔵大縁日|長浜市|2024

2024年8月22日(木)〜8月25日(日)9:00〜21:30(8月22日は17:00~21:30)、滋賀県長浜市木之本の木之本地蔵院(浄信寺)で『木之本地蔵大縁日』が開催。地蔵坂や北国街道沿いには150店ほどの露店が並び、例年10万人の

医王寺

滋賀県長浜市木之本町、湖北・木之本の高時川の渓流沿いにある鎌倉時代創建の真言宗の寺が医王寺。本尊の十一面観音像は楠(くすのき)の一木造りで、国の重要文化財に指定。この仏像、 明治20年、医王寺の僧・栄観が長浜の古物商「鍋徳」の店頭に置かれて

江州木之本・馬宿平四郎

滋賀県長浜市木之本町、北国街道木之本宿にあった牛馬市の開催場所が江州木之本・馬宿平四郎。木之本宿では昭和の初めまで年2度の牛馬市が開かれ、街道沿いの民家が宿となっていました。平四郎家でも古くから馬宿として多くの牛馬を取引していました。山内一

木之本宿

滋賀県長浜市木之本町にある北国街道(ほっこくかいどう)の宿場町が木之本宿(きのもとじゅく)。鳥居本宿(現・滋賀県彦根市鳥居本町)で中山道と分かれ、金沢城下を結んだ北国街道。その宿場として栄えたのが木之本宿で、今庄宿(現・福井県南越前町今庄)

高月観音の里歴史民俗資料館

「観音の里」といわれる滋賀県長浜市、国宝十一面観音を祀る渡岸寺観音堂(向源寺)がある高月地区の観音信仰を紹介するミュージアムが高月観音の里歴史民俗資料館。観音様(観音菩薩)とは何なのかから、高月の観音信仰の歴史と宗教的文化的特質までを詳しく

冨田酒造

滋賀県長浜市木之本町、北国街道(ほっこくかいどう)木之本宿、木之本地蔵院の門前にある「七本鎗」で知られる造り酒屋が冨田酒造。創業は天文年間(1532年~1554年) で、当主で15代目という老舗で、北国街道に面した主屋は延享元年(1744年

つるやパン

滋賀県長浜市木之本町、北国街道(ほっこくかいどう)木之本宿、木之本地蔵院の門前にあるにある手作りパン屋が、つるやパン。昭和26年創業の地元密着のパン屋ですが、テレビを始め各種メディアで「サラダパン」が紹介されたため、最近では遠来のお客も急増

 

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