山崎さんのルーツを探せ!

 日本人の発明による扇子の家紋は、佐竹氏が用いたのが始まりだが、以後様々に発展して160種もの紋になっている。
開き扇、たたみ扇、骨扇、中には破れ扇などというものもあるし、扇の材質で分ければ紙扇に桧扇。このうちの薄いヒノキ板を重ねて綴った桧扇は、公卿が衣冠や直衣を着用する際に用いただけあって非常に美しい紋となっている。
その桧扇の中に四つ目を描いた山崎扇こそ、佐々木氏流山崎氏の家紋である。

ヤマサキさんなら西日本がルーツ

ヤマサキと読んでもヤマザキと濁っても、山崎さんであるならルーツは同じ。
有名人の出身を見てみよう。まずは濁ったヤマザキさん。
俳優の山崎努(やまざきつとむ)は、千葉県東葛飾郡松戸町(現:松戸市)出身。ザキヤマことアンタッチャブルの山崎弘也(やまざきひろなり)はクレヨンしんちゃんと同じ埼玉県春日部市。
続いて、ヤマサキさん。
小説家山崎豊子(やまさきとよこ)は、大阪市の出身。ちょっとマニアックなところでは、シンガーソングライターの山崎ハコ(本名・山崎初子)は、大分県日田市の出。お笑いの山崎邦正(やまさきほうせい=月亭方正)は、兵庫県西宮市。
ちなみに東日本では「ヤマザキ」だが、西日本では「ヤマサキ」と濁らないで呼ぶことが多い。有名人もハッキリ東西に分かれた。というわけであなたがヤマサキさんなら西日本出身、ヤマザキさんならルーツは東日本だと推測できるのだ。
山崎姓は、高知で大姓2位、富山で5位、石川で10位、東北地方はやゝ少ないようだ。

鎌倉、町田、鹿児島県さつま町にルーツが

山崎とはやはり想像通りの地名由来の名前で、山すそが突き出した地形が地名になり、そこから姓も誕生したのだ。
例えば、佐々木氏流山崎氏について『寛永系図』では、「初め、始祖憲家、相州山崎に居り、後、近江国犬山郡山埼に居る」とある。
まず相州(今の神奈川県)で地名の山崎から山崎姓が生まれ、その後近江国(滋賀県)に移った時、山崎姓から山埼という地名が生まれたというわけである。
この相州山崎は、鎌倉市山崎と推測できるから、鎌倉市山崎の鎮守社、北野神社は山崎さんの大切なパワースポットに違いない。
この佐々木氏流山崎氏は 、戦国時代に山崎片家(やまざきかたいえ=賢家、堅家とも)が豊臣秀吉に仕えたことで発展。摂津国有馬郡三田(さんだ)城主となり2万3000石を領し、関ヶ原合戦後には山崎家治が讃岐丸亀5万石の初代藩主となっている。大名となった山崎さんの出世頭がこの人だろう。

山崎氏の古きを訪ねてみれば、大伴氏族に山前(山崎)連(むらじ)があり、平安末期には山城国乙訓(おとくに)郡山崎郷(現在の京都府乙訓郡大山崎町字大山)から橘流山崎氏と赤松氏流山崎氏が生まれる。この場所は、時代が下って豊臣秀吉と明智光秀が雌雄を決した「山崎合戦」の激戦地となる。橘流山崎氏はやがて徳川家に仕え、赤松氏流山崎氏は越前朝倉家、加賀前田家に仕えて栄えた。

さらに、武蔵国多摩郡山崎(現在の東京都町田市山崎一帯。鎌倉街道沿いに位置している)を発祥とする山崎氏は武蔵七党の一つ横山党で、以後関東各地に広まる。
関東出身の山崎さんならまずこちらへ。

山崎団地センター
山崎団地センター

薩摩国伊佐郡山崎郷(現在の鹿児島県薩摩郡さつま町山崎)を発祥とする山崎氏は桓武平氏という。山前(やまざき)氏は、大伴氏族山前(山崎)連の裔という。
九州の山崎さんなら一度は訪ねたい土地だ。

山崎さんのルーツを訪ねて天下分け目の天王山へ!

「山崎」を代表しそうな城と神社を訪ねてみよう。
前出の、山崎合戦で知られる山崎城(天王山城)は欠かせないところ。
山崎といえばサントリーの山崎蒸留所を思い浮かべる人も多いだろう。京都府乙訓郡大山崎町天王山という、山陽道を摂津国から入京する際の要衝の地に山崎城跡が残されている。後に秀吉が居城とするこの山崎城は、西国街道を眼下に見下ろす北摂山塊最東端の天王山山頂に築かれ、山頂まではJR山崎駅からかなりきつい斜度の道を進む(山崎合戦の舞台となった天王山は京都と大阪の境に位置する)。
途中の宝積寺や幕末の十七烈士の墓、酒解(さかとけ)神社をへて約1時間、「山崎合戦之地」と刻まれた石碑が建っている山頂の本丸下にようやく到着する。
展望台からは山崎の古戦場が真正面に俯瞰できる。

天王山の山頂
天王山の山頂

また、姫路駅から山崎行きのバスで約1時間、兵庫県宍粟(しそう)郡山崎町鹿沢にある木下勝俊が築城した山崎城には移築門や石垣が残されている。
二の丸部分は山崎小学校・中学校になっている
次に、足を延ばして、「天草・島原の乱」に巻き込まれた熊本県天草郡苓北(れいほく)町富岡の富岡城址に寄ってみたい。
かつて、山崎家冶が城の大改修をした富岡城は、いま復元の真最中。丘の斜面を覆う森の間に、復元中の富岡城の石垣が見え隠れする。
さらに、鳥取市国府町山崎の因幡山崎城は山崎毛利氏が居城した城として知られている。
神社としては、JR和歌山線岩出駅の北西、和歌山県岩出市赤垣内にある山崎神社には素晴らしい鎮守の森があり、かなり大きな拝殿と本殿に圧倒される。また、京都府舞鶴市十倉には、古文献には砧倉(とくら)社とある山崎神社がある。

家紋は、佐々木氏流が桧扇に四つ目(山崎扇)、亀甲に四つ目、九枚笹、橘系は橘、丸に三の文字。他に笹竜胆、亀甲に花菱、木瓜など。

協力/札場靖人(家紋と姓名研究家)

 

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