阿部さんのルーツを探せ!

 阿部、阿倍、安部、安倍などの阿部一族の有名人といえば、安倍晋三が筆頭。生まれは東京だが、本籍は山口県大津郡油谷町(現・長門市)。
元モーニング娘。の安倍なつみは北海道室蘭市、俳優の阿部サダヲを千葉県松戸市、読売巨人軍の阿部慎之助は千葉県浦安市の出身。『テルマエ・ロマエ』、『ふしぎな岬の物語』の俳優・阿部寛は、横浜市出身。歌手のあべ静江(本名・阿部静江)は、三重県松阪市出身。

阿部さんのルーツは奈良県桜井市

現在、アベ姓は、阿部さんが20万人、安部さんが5万人、安倍さんが8000人といわれている。この阿部姓は東北に多く、宮城で大姓5位、山形6位、岩手8位、秋田と福島で11位、他に徳島も大姓11位となっている。ではルーツは東北かといえば、話はそんなに単純ではない。

阿部、阿倍、安部、安倍などの阿部一族は、孝元天皇の皇子・大彦命(おおひこのみこと)の子孫と伝えられる豪族。阿部姓の発祥は、安倍文殊院で知られる大和国十市(といち)郡阿倍が有力だが、大和国葛下(かつらぎしも)郡阿倍や、穴石神社のある伊賀国阿拝郡、攝津国東成(ひがしなり)郡阿倍野など様々な説がある。
また、「アベ」の語源は饗(あへ)で、神をもてなす「饗へ」からきているという。
では、阿部氏のルーツを訪ねる旅に出掛けよう。最初に訪れるのは古代阿倍氏の一大本拠地であった、大和国十市郡阿倍(桜井市阿部)であろうか。

安倍文殊院近くにある若桜神社(奈良県桜井市谷)と、その摂社である高屋安倍神社の参拝からルーツの旅を始めよう。若桜神社の祭神は、大彦命の孫の伊波我加利命(いわかむつかりのみこと=磐鹿六雁命)であり、一方、大彦命が祭神である高屋安倍神社は阿部一族の氏神となっている。若桜神社境内にある高屋安倍神社は、本来の鎮座地は南にある松本山だったが山崩れが起きたため、若桜神社境内に遷座したと伝えられる。大化改新当時から阿部一族の聖地となっている。

阿部一族であれば、さらに、阿倍倉梯麻呂(くらはしまろ=内麻呂)が創始した安倍文殊院にも当然参拝したいし、南西方向にある明日香村のキトラ古墳は、倉梯麻呂の子の一人阿倍御主人(あべのみうし)の墓だともいわれている。阿倍御主人とは、『竹取物語』に、かぐや姫の求婚者の一人として実名で登場している。因みに、御主人がかぐや姫に要求されたのは「火鼠の皮衣」だったが。
ルーツを訪ねる旅もキトラ古墳まで行き着くのはさすがに古代豪族ルーツの阿部さんだ。

さて、大和時代の阿部氏の歴史を振り返れば、阿倍倉梯麻呂はその女(むすめ)を中大兄皇子(天智天皇)と軽皇子(孝徳天皇)に嫁がせ、大化改新(大化元年=645年)で左大臣となる。やがて、孝徳天皇と内麻呂の女との間に悲劇の主人公・有間皇子(ありまのみこ)が生まれるのであった。
一方、一族の阿倍比羅夫(あべのひらふ=トップの画像)は斉明天皇4年(658年)、水軍180艘を率いて蝦夷を討ったことで名をあげた。スキーで有名な北海道ニセコに比羅夫(倶知安町)という地名があるが、ここは阿倍比羅夫ゆかりの地ともいえる。
養老元年(717年)には、阿倍仲麻呂が遣唐留学生として唐に渡り、玄宗に仕えてその地で没した。平安時代中期には、有名な安倍晴明(あべのせいめい)が陰陽家として活躍、以後、天文・陰陽両道で朝廷に仕え、土御門(つちみかど)を家号とした。また、前九年の役・後三年の役には安倍貞任・宗任がいて、南北朝時代には後醍醐天皇の皇子宗良(むねなが)親王を擁して戦った諏訪神社の神家(じんけ)一党の中にも安倍氏がいた。古代から中世には大活躍の阿部一族だ。

では、大名の阿部氏に話を移そう。
古代大和飛鳥地方で栄えた阿部氏の子孫が、三河に土着し、阿部忠正のとき額田郡(ぬかたぐん=矢作川の東岸で徳川家康の出身地)の桑子・小針に城を築いた。忠正の子正宣は松平清康、広忠の2代に仕え、その子・阿部正勝は、徳川家康に仕え大名・阿部氏の初代となった。老中となった3代・阿部重次は徳川家光の死に際して殉死し、5代・阿部正邦のとき備後福山藩(現在の広島県福山市)に10万石で封ぜられる。11代・阿部正弘は27歳で老中首座に就く。また、分家の大名としては、白河藩(福島県)・阿部家や佐貫藩(千葉県)・阿部氏がいる。
この阿部家の家紋は有名な「阿部鷹の羽」と呼ばれるものだが、本家と分家の違いなどから、羽の重なりの上下が違ったり、渦や斑紋が付いたり付かなかったりしている。
阿部さんで、家紋が「阿部鷹の羽」ならこの微妙な違いからルーツを探ることもできるはずだ。

大阪の阿部さんは阿倍王子神社へ!

阿部氏に関連した神社は、前出の高屋安倍神社の他に、大阪市阿倍野区の阿倍王子神社がルーツとしては重要だろう。阿倍王子神社は、仁徳天皇の創建と伝わる阿部一族のルーツらしい古社。大阪の阿倍野は古代の豪族・阿部氏が住んだ土地で、奈良時代には氏寺の阿部寺もあったという。

阿倍王子神社の拝殿

阿倍王子神社の拝殿

福島県大沼郡会津高田町の伊佐須美神社は、会津の地名のルーツにもなっている古社。四道将軍の父子がそれぞれの道をたどり、東北を平定した後、この地で出会ったことから「会津」という地名が起こったのだという。平安期の陸奥の豪族・安倍氏は、四道将軍の父子の末裔という。
三重県伊賀市の敢国神社は、伊賀国一之宮でもある古社。敢国と書いて「あえくに」と読む。阿拝郡に居住した、阿閉氏が祀ったと推測されている。
京都市上京区堀川通一条上ル晴明町の晴明神社は、安倍晴明ゆかりの古社だし広島県福山市丸之内の阿部神社(現在は護国神社となっている)も阿部さんのルーツの一つだ。

阿部一族ゆかりの城郭としては、愛知県岡崎市小針町の小針城跡がその筆頭。阿部忠正の居城だが遺構はなく、願照寺(岡崎市舳越町本郷32) に墓所がある。このほか、広島県福山市丸之内の備後福山城、福島県白河市の白河小峰城、映画『のぼうの城』で注目された埼玉県行田市の忍城(おしじょう)など。水攻めで有名な忍城は、1639(寛永16)年に老中・阿部忠秋が入城し、近世城郭を整備している。

代表家紋は、違い鷹の羽。他に、梶の葉、阿部銭〈六連銭〉、三両引など。大名家の替紋は福山阿部家と佐貫阿部家が黒餅(こくもち)で、白河阿部家が輪紋を用いている。日の丸は阿部家の替紋の黒餅から出たのかもしれない。

 

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