東照公遺訓碑

東照公遺訓碑

愛知県岡崎市、岡崎公園の中心、岡崎城本丸跡に立つのが、東照公遺訓碑(とうしょうこういくんひ)。徳川家康は没後、東照大権現として祀られたため、東照公とは徳川家康のこと。つまりは徳川家康の遺言を刻んだ石碑で、昭和11年4月16日に建立されたもの。

徳川家康の遺訓が岡崎城本丸に

東照公遺訓碑

岡崎城本丸跡の東照公遺訓碑は、岡崎銀行(東海銀行の前身)を創立し、岡崎商工会議所会頭を務めた額田郡岩津町奥殿(岡崎市奥殿町)出身の加藤賢治郎が寄贈したもの。
加藤賢治郎は、徳川家康の遺訓を座右の銘としていたため、後世の岡崎市民の教化育成のために、この東照公遺訓碑を建立したのです。

東照公遺訓は、将軍職を子の徳川秀忠に譲った際に、遺訓として書き留められたものと伝えられています(日光東照宮に原文が保存されていますが、後世の作とする説もあります)。

礎石には万年の亀を置き、碑頭には竜城(岡崎城の井戸に竜が住み、家康生誕の際にも竜が現れたという伝承があり、竜城と呼ばれています)を象徴する竜を配していますが、立派な石造は地元・岡崎石工の手によるもの(岡崎石工研究所長池上年の制作)。

ちなみに本丸跡に建つ龍城神社も徳川家康を祀る東照宮のひとつで、本多忠勝も合祀されています。

東照公遺訓

東照公御遺訓
東照公御遺訓(日光東照宮)

人の一生は重荷を負(おい)て遠き道をゆくがごとし、いそぐべからず、不自由を常とおもえば不足なしこころに望おこらば困窮したる時を思いだすべし、堪忍は無事長久の基(もとい)、いかりは敵とおもえ
勝事ばかり知りてまくる事をしらざれば害其身にいたる、おのれを責て人をせむるな、及ばざるは過ぎたるよりまされり。

慶長九年卯月家康

東照公遺訓碑
名称 東照公遺訓碑/とうしょうこういくんひ
所在地 愛知県岡崎市康生町561
関連HP 岡崎市公式観光サイト
電車・バスで 名鉄東岡崎駅から徒歩15分。または岡崎公園駅から徒歩10分
ドライブで 東名高速道路岡崎ICから約3km
駐車場 岡崎公園駐車場(229台/有料、8:30〜21:30)
問い合わせ 岡崎城 TEL:0564-22-2122/FAX:0564-22-2122
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

岡崎城

岡崎城(愛知県岡崎市)は、徳川家康が出生した城として有名。天守は明治時代に取り壊され、現在の天守は、昭和34年の再建で、1617年(元和3)に本多忠利が再建したものをモデルとしたもの。2〜4階は、江戸時代の岡崎を紹介する資料館として公開され

「神君出生の城」岡崎城

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徳川家康公像(岡崎公園)

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龍城神社

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三河武士のやかた家康館

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岡崎公園

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東照公産湯の井戸(徳川家康産湯の井戸)

東照公産湯の井戸(徳川家康産湯の井戸)

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