桂小五郎・幾松寓居跡
桂小五郎(のちの木戸孝允)は、長州藩士時代、京の花街・三本木の芸妓・幾松と恋仲となり、幕末の動乱期にそのふたりが住んだのが長州藩控屋敷(現・京都市中京区上樵木町)。時に新撰組に追われながら苦難の時代を過ごしています。蛤御…
桂小五郎(のちの木戸孝允)は、長州藩士時代、京の花街・三本木の芸妓・幾松と恋仲となり、幕末の動乱期にそのふたりが住んだのが長州藩控屋敷(現・京都市中京区上樵木町)。時に新撰組に追われながら苦難の時代を過ごしています。蛤御…
幕末動乱の京の歴史を語るとき、統幕の中心となった長州藩士・桂小五郎(かつらこごろう=維新の三傑、木戸孝允)と長州藩は欠かせません。二条を少し下がった河原町通沿いに長州藩京屋敷はありましたが現在は「京都ホテルオークラ」の敷…
京都府京都市中京区上樵木町にある、京に数ある幕末の動乱事件を今に伝える石碑が佐久間象山・大村益次郎遭難の地。公武合体派で開国論者の重鎮、佐久間象山(さくましょうざん)は、元治元年7月11日(1864年8月12日)、尊皇攘…
京都市街から伏見へと流れる高瀬川は慶長19年(1614年)、角倉了以(すみのくらりょうい)が開削した運河。船入は二条~四条間に9ヶ所つくられ、京へ運び入れる荷物の積み下ろしと船の方向転換が行なわれた場所です。唯一現存する…
京都市東区、「祇園・東山」と呼ばれる高台寺の南から清水寺にかけては、清水寺の参道である二寧坂(二年坂)、産寧坂(三年坂)、清水坂と、坂道が連続していますが、産寧坂沿いには、坂本龍馬も常宿のひとつにしていたという明保野亭(…
京都府京都市東山区、幕末勤王の志士たちを祀る京都霊山護國神社の参道が維新の道。東大路通りと京都霊山護國神社を結ぶ300mほどの参道ですが、霊山歴史館、白衣観音坐像の霊山観音(りょうぜんかんのん)、「翠紅館」跡もあり、坂本…
京・近江屋で倒れた坂本龍馬の墓は、京都霊山護國神社が管理する霊山墓地(りょうぜんぼち/京都市東山区)にあります。明治天皇から維新を目前に倒れた勤王の志士たち1043名の霊を祀るようにとの詔で建立された京都霊山護國神社。坂…
京都市中京区塩屋町にある坂本龍馬が暗殺された近江屋跡が坂本龍馬遭難之地。慶応3年11月15日(1867年12月10日)、海援隊隊長・坂本龍馬と陸援隊長・中岡慎太郎が、河原町通蛸薬師の井口新助が営む醤油屋「近江屋」で、京都…
京都市中京区にある材木商、酢屋(すや)。創業時より現在に至るまで、所在地や屋号が変わっていない老舗で、そこが坂本龍馬寓居跡(さかもとりょうまぐうきょあと)。幕末には高瀬川沿いに長州藩、土佐藩などの藩邸が建ち並び、連絡にも…
京都市伏見区を流れる運河で、岸辺に坂本竜馬襲撃事件で知られる往時の船宿「寺田屋」が建つのが宇治川派流(うじがわはりゅう)。文禄3年(1594年)、豊臣秀吉の伏見城築城に際し、建築資材を運ぶため伏見港を開き、大規模な土木工…
源氏物語『宇治十帖』で知られる、京都府内を流れる淀川本流の中流部が宇治川。河川法上は淀川の一部で、上流の滋賀県側は瀬田川と通称されています。宇治市内中央を貫く宇治川ですが、宇治川と呼ばれるのは上流は天ヶ瀬ダム上流から、下…
琵琶湖(滋賀県大津市)から流れ出る瀬田川を源流に、京都府で宇治川と名前を変え、京都府大山崎町で桂川・木津川と合流し淀川となって大阪平野を流れ、大阪市で大阪湾に流れ出すのが淀川。幹川流路延長は75km、流域面積8240平方…
京都府向日市にある古代の都・長岡京の皇居の跡が長岡京跡(国の史跡)。桓武天皇の勅命で、延暦3年(784年)11月11日、平城京から遷都され、延暦13年(794年)10月22日に平安京に遷都されるまで、淀川の舟運が利用でき…
京都府乙訓郡大山崎町にそびえる標高270mの山、天王山。西山腹が摂津国(大阪府)と山城国(京都府)の国境に位置し、山城盆地の西にそびえる西山の南端。山頂近くに位置する酒解神社(さかとけじんじゃ)が牛頭天王を祀ることがその…
京都府長岡京市にある菅原道真(すがわらのみちざね)を祭神とする古社が長岡天満宮。菅原道真が九州・大宰府(だざいふ)に左遷されるにあたり、在原業平(ありわらのなりひら)と詩歌管弦を楽しんだ長岡に立ち寄り、名残りを惜しんだと…
京都市伏見区日野にある真言宗醍醐派の古刹、法界寺(ほうかいじ)。『方丈記』で知られる鴨長明(かものちょうめい)が暮らし、親鸞が生まれた日野は、もともと日野家の領地。平安時代後期の永承6年(1051年)、公卿・日野資業(ふ…
京都府木津川市加茂町、聖武天皇の開いた恭仁京(くにきょう)があった瓶原(みかのはら)を見下ろす三上山(海住山)中腹に建つ海住山寺(かいじゅうせんじ)。建保2年(1214年)、貞慶建立の五重塔は国宝です。塔高は17.7mで…
京都府木津川市加茂町、三上山(海住山)の中腹に立つ古刹が海住山寺(かいじゅうせんじ)。天平7年(735年)、聖武天皇(しょうむてんのう)の勅願で、東大寺初代別当の良辨(ろうべん)僧正が一堂を建て、十一面観世音菩薩を安置し…