瓢箪山古墳
近江八幡市安土町にある滋賀県最大の前方後円墳が瓢箪山古墳(ひょうたんやまこふん)。墳丘長162m、4世紀中頃の築造と推定され、滋賀県最大で最古の古墳。琵琶湖の東岸を治めた狭狭城山君(ささきやまぎみ/沙沙貴山君)の墳墓とも…
近江八幡市安土町にある滋賀県最大の前方後円墳が瓢箪山古墳(ひょうたんやまこふん)。墳丘長162m、4世紀中頃の築造と推定され、滋賀県最大で最古の古墳。琵琶湖の東岸を治めた狭狭城山君(ささきやまぎみ/沙沙貴山君)の墳墓とも…
大阪府南河内郡太子町にある古刹、叡福寺。飛鳥時代に推古天皇が厩戸皇子(うまやどのおうじ=聖徳太子)の墓所を守護するために創建と伝わります。推古天皇28年(620年)、厩戸皇子(聖徳太子)がこの地に自身の墓所を造営すること…
大阪府南河内郡太子町にある円墳で、宮内庁により「磯長墓」(しながのはか)、つまりは厩戸皇子(聖徳太子)の墓に治定。周辺には天皇陵4基(敏達天皇陵・用明天皇陵・推古天皇陵・孝徳天皇陵)があり、磯長谷古墳群(しながだにこふん…
明石海峡に臨む神戸市垂水区にある巨大な前方後円墳が五色塚古墳。墳丘長194m、前方部の高さ11.5m、後円部の高さ18mで兵庫県下最大の前方後円墳で、周囲に幅10mの堀を巡らせています。4世紀末〜5世紀初頭にかけて築造さ…
綾部市で昭和63年に発見された私市円山古墳(きさいちまるやまこふん)は、5世紀中頃築造の全長81m、高さ10mの円墳。1000基を超える古墳群が形成された由良川中流域では最大規模を誇る古墳です。3段構成の墳丘からは、武具…
明日香村にある文武天皇陵(もんむてんのうりょう)は、天武天皇と、持統天皇の孫である文武天皇の陵墓と推定される場所で、国営飛鳥歴史公園高松塚周辺地区の南端に位置しています。『続日本紀』に火葬されてこの陵に葬られたと記された…
欽明天皇の孫で、天智天皇・天武天皇の祖母にあたるのが吉備姫王(きびひめのみこ/きびひめのおおきみ)。7世紀前半の王女で、桜井皇子(欽明天皇の第六皇子)の娘。茅渟王(ちぬのおおきみ)の后で宝皇女(皇極天皇・斉明天皇)・軽王…
明日香村の吉備姫王(きびひめのおおきみ)の檜隅墓内に4体ある不思議な人面石像。1702(元禄2)年、欽明天皇陵南側、平田村池田の田から見つかり、天皇陵に置かれましたが、明治5年に吉備姫王墓内に移されています。外見から「女…
雪隠(せっちん)とはトイレのこと。明日香村平田地区にある不思議な巨石が鬼の雪隠と呼ばれていますが、遊歩道を挟んだ反対側の鬼の俎(まないた)とセットになっており、鬼が付近を通る旅人を俎の上で料理し、雪隠(トイレ)で用を足し…
明日香村の飛鳥歴史公園内キトラ古墳周辺地区の南に位置するキトラ古墳。阿部山の南斜面に位置する二段築成作りの円墳(上段が直径9.4m、下段が直径13.8m)で、昭和58年に、「玄武」壁画が発見され話題を集めました。東西南北…
飛鳥地方の西南部、桧隈(ひのくま)と呼ばれる渡来人の里(飛鳥歴史公園内高松塚周辺地区)に位置する直径18m(上段)、高さ5mの円墳が高松塚古墳。藤原京期(694年~710年)の築造で、被葬者は特定されておらず、天武天皇の…
飛鳥歴史公園内石舞台周辺地区(明日香村島庄)の中央に位置する日本最大の方墳が石舞台古墳。巨石30個を積み上げた横穴式石室を持つ古墳で、古墳時代後期のもの。墳丘の盛土がまったく残っておらず、花崗岩でできた玄室が露出している…
京都市山科区にある御廟野古墳(ごびょうのこふん)は、7世紀末~8世紀、つまりは古墳時代終末期の古墳。形状は、八角形が天下八方の支配者にふさわしいという道教の影響を受けた正八角形の八角墳で、第38代天智天皇の陵墓だと宮内庁…
堺市堺区北三国ヶ丘町にある巨大な前方後円墳で、百舌鳥古墳群の北端に位置する古墳が田出井山古墳。宮内庁により「百舌鳥耳原北陵(もずのみみはらのきたのみささぎ)」として第18代反正天皇(はんぜいてんのう)の陵に治定され反正天…
大阪府堺市西区石津ヶ丘にある百舌鳥古墳群(もずこふんぐん)のひとつで国内第3位の規模を誇る前方後円墳が上石津ミサンザイ古墳。宮内庁により「百舌鳥耳原南陵(もずのみみはらのみなみのみささぎ)」として第17代履中天皇(りちゅ…
大阪府堺市堺区大仙町にある日本最大の前方後円墳が大仙陵古墳(仁徳天皇陵)。百舌鳥古墳群(もずこふんぐん)の古墳で、北に位置する田出井山古墳、ミサンザイ古墳とともに、「百舌鳥耳原三陵(もずのはらさんりょう)」と呼ばれていま…
利根川と広瀬川にはさまれた前橋市の朝倉・広瀬地区は、かつて200近い古墳が造られ、東日本屈指の古墳数を誇る群馬県(1万3249基/現存は2434基)でも屈指の古墳群を形成していました。八幡山古墳は、前橋市街地の南東、朝倉…
大阪府羽曳野市誉田にある古市古墳群を構成する古墳のひとつが誉田御廟山古墳(こんだごびょうやまこふん)。被葬者は判明していませんが、宮内庁により「惠我藻伏崗陵(えがのもふしのおかのみささぎ)」として第15代応神天皇の陵に治…