群馬県五大名城とは!?

群馬県五大名城

戦国時代に、上杉、真田、北条、武田などの攻防の地となったのが上州。群馬県内にある日本100名城選定の城は、箕輪城、金山城の2城。続日本100名城が名胡桃城(なぐるみじょう)、沼田城、岩櫃城(いわびつじょう)の3城で、この5城が群馬県五大名城ということに。

箕輪城|日本100名城

所在地:高崎市箕郷町西明屋・東明屋
築城年:永正9年(1512年)
築城者:長野業尚(ながのなりなお)
主な城主:長野業尚、滝川一益(たきがわいちます)、井伊直政(徳川四天王のひとり)
史跡:国の史跡
遺構:石垣、土塁、空堀、馬出し、井戸などが現存
備考:相模・小田原城が本拠の北条氏康、甲斐・府中(甲府)の武田信玄、越後の上杉政虎が狙う関東の要衝の城
徳川家康の江戸入封にともなって井伊直虎に育てられた井伊直政(徳川四天王のひとり)の居城となり、近世的な城郭へと手直しされていますが高崎城築城(高崎藩立藩)で廃城に
城門のみ復元されています

箕輪城

榛名山東南麓に築かれた中世の平山城が、箕輪城(みのわじょう)。東西500m、南北1100m、総面積36haという広大な城で、「日本100名城」にも選定。相模・小田原城が本拠の北条氏康、甲斐・府中(甲府)の武田信玄、越後の上杉政虎が虎視眈々と

金山城|日本100名城

所在地:群馬県太田市金山町40-16ほか
築城年:文明元年(1469年)
築城者:新田一族の岩松家純(いわまついえずみ)
主な城主:岩松家純、由良成繁
史跡:国の史跡
遺構:石垣、土塁、堀、馬出し、井戸などが現存
備考:永禄6年(1563年)に武田信玄、翌永禄7年(1564年)上杉謙信がの攻撃を退けるなど、難攻不落を誇り、関東七名城(忍城、川越城、前橋城、唐沢山城、宇都宮城、多気城または太田城、金山城)にも数えられています

金山城

太田市のシンボルである金山(標高235.8m)に築かれた戦国時代の城が、金山城(かなやまじょう)。97.8haが国の史跡となる大規模な山城で、日本100名城に選定。本丸跡とされている山上に新田神社が鎮座しています。中世の山城ながら、石垣や石

名胡桃城(なぐるみじょう)|続日本100名城

所在地:群馬県利根郡みなかみ町下津3462-2
築城年:明応元年(1492年)
築城者:沼田氏の一族の名胡桃(なぐるみ)氏
主な城主:猪俣邦憲
史跡:群馬県の史跡
遺構:曲輪、土塁、土橋などが現存
備考:利根川と赤谷川の合流点近く、東に利根川を臨む半島状の地形で、西を除く三方が断崖という天然の要害
豊臣秀吉による小田原征伐のきっかけとなる北条氏家臣・猪俣邦憲(いのまたくにのり)の占拠事件があり、小田原征伐後に廃城に
廃城となった後、改変を受けていないため、往時のままに城郭が現存

名胡桃城

名胡桃城

群馬県利根郡みなかみ町にある中世の山城が、名胡桃城(なぐるみじょう)。利根川上流の断崖を利用した要害の城で川を挟んで明徳寺城(みょうとくじじょう)があります。戦国時代に真田昌幸(さなだまさゆき)が沼田城の攻略拠点として築いています。続日本1

沼田城|続日本100名城

所在地:群馬県沼田市西倉内町594
築城年:享禄5年(1532年)
築城者:沼田顕泰(ぬまたあきやす)
主な城主:沼田顕泰、沼田康元、本庄秀綱、滝川益重、真田信吉
史跡:沼田市の史跡
遺構:土塁、堀、石垣などが現存
備考:戦国時代には上杉、後北条、武田の争奪戦を展開、本能寺の変後は真田信幸が支配し、江戸時代には沼田藩の藩庁が置かれた場所
本丸・二の丸跡は沼田公園として整備され、「日本の歴史公園100選」にも選定

沼田城(沼田公園)

沼田城(沼田公園)

北関東の要衝、沼田(現・群馬県沼田市)に中世に築かれた城。戦国時代には上杉、後北条、武田の争奪戦が展開し、本能寺の変後は真田信幸が支配し、江戸時代には沼田藩の藩庁が置かれました。城跡は沼田公園として整備され、「日本の歴史公園100選」にも選

岩櫃城(いわびつじょう)|続日本100名城

所在地:群馬県吾妻郡東吾妻町原町
築城年
築城者:不詳、現存する城郭は武田信玄配下の真田昌幸(さなだまさゆき)
主な城主:真田昌幸、真田信之
史跡:国の史跡
遺構:曲輪、土塁、竪堀、空堀、虎口などが現存
備考:吾妻川(あがつまがわ)北岸の岩峰、岩櫃山(いわびつやま)中腹に築かれた難攻不落の真田の名城で、真田昌幸の拠点

岩櫃城

岩櫃城

群馬県吾妻郡東吾妻町(ひがしあがつままち)、吾妻川(あがつまがわ)北岸の岩峰、岩櫃山(いわびつやま)中腹に築かれた山城が岩櫃城。築城者は不詳ですが、戦国時代には長尾景虎(上杉謙信)、武田信玄に臣従する真田昌幸などの攻防の地となった城。続日本

群馬県五大名城とは!?
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