長崎街道冷水峠

長崎街道冷水峠

福岡県飯塚市山家と筑紫野市内野にまたがる長崎街道冷水峠(ながさきかいどうひやみずとうげ)。長崎と小倉城下を結ぶ長崎街道最大の難所として知られ、「九州の箱根」の別名もあるほど。峠北側(飯塚側)には長崎街道の宿場町、内野宿があり、近くには旧街道の石畳が一部残されています。

黒田官兵衛発案という石畳が現存

現在は旧街道とは別に国道200号と無料化された国道200号バイパス・冷水道路(ひやみずどうろ)が通り、全長約3kmにも及ぶトンネルが造られていますが、いずれも最大25‰とかなりの急勾配。
往時の峠越えにおける困難さが推測できます。

峠越えの石畳はもともと、黒田官兵衛(黒田如水)の発案といわれ、慶長16年(1611年)、その子・黒田長政の命を受け、『黒田節』で名高い母里友信(もりとものぶ=通称・母里太兵衛、名槍「日本号」を福島正則から呑み獲った逸話が『黒田節』に歌われています)が完成させたもの。

江戸時代には参勤交代の藩主はもちろん、長崎出島のオランダ商館長、長崎奉行、徳川吉宗に献上された象などもこの峠を越えています。

山家宿側と内野宿側に遊歩道があり、国道200号線沿いの内野荒田の大根地神社鳥居から冷水峠の頂上までは、徒歩で50分ほど。
途中、首無し地蔵、文政6年(1823年)架橋の石橋、一里塚跡、そして石畳などがあり、文化庁「歴史の道百選」にも選定されています。

峠(旧郡境)へは国道200号の冷水峠・大根地神社に車を置いて歩くのが近いのですが、石畳を歩くなら、内野の荒田の鳥居に車を置いて郡境まで徒歩50分。

長崎街道冷水峠
名称 長崎街道冷水峠/ながさきかいどうひやみずとうげ
所在地 福岡県飯塚市内野・筑紫野市山家
関連HP 飯塚市公式ホームページ
ドライブで 九州自動車道太宰府ICから約21km
駐車場 荒田の鳥居前を利用
問い合わせ 内野宿展示館 TEL:0948-72-5581
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

長崎街道のこぎり型家並み

長崎街道は長崎と小倉を25次の宿場で結んだ街道で全長は57里(約220km)。鍋島藩の城下町だった佐賀市にもこの街道が通っていますが、八戸町から長瀬町にかけては道沿いにある家の壁が一列ではなく、一軒おきに道路にくいこんでいるようにも見えるち

常盤橋

常盤橋

慶長7年(1602年)、初代小倉藩主となった細川忠興(ほそかわただおき)は小倉城の天守などを建造したのと同時に、紫川の東側に東曲輪を縄張りしています。以前からの城下町だった西側(西曲輪)と結ぶために紫川に橋を架橋。これが常盤橋の始まりです。

曲里の松並木

曲里の松並木

福岡県北九州市八幡西区、長崎街道の黒崎宿南側に現存する貴重な松並木が曲里の松並木(まがりのまつなみき)。1kmにわたって6000本ほどの松が茂り、街道時代の面影を残しています。樹齢200~300年の老松は残念ながら数本しかありませんが、道幅

 

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