飛騨国分寺
岐阜県高山市にある高野山真言宗の古刹、飛騨国分寺(ひだこくぶんじ)。天平18年(746年)、聖武天皇の勅願で全国に創建された国分寺の後継寺院。創建時の堂宇は弘仁10年(819年)の火災で焼失していますが、創建時の七重塔の…
岐阜県高山市にある高野山真言宗の古刹、飛騨国分寺(ひだこくぶんじ)。天平18年(746年)、聖武天皇の勅願で全国に創建された国分寺の後継寺院。創建時の堂宇は弘仁10年(819年)の火災で焼失していますが、創建時の七重塔の…
岡山県津山市にある律令時代、美作国(みまさかのくに)の総社だったという古社が美作総社宮。総社は国府に赴任した国司が、国内の神社を巡拝するのを簡易化するため、平安時代に、国庁近くに国内の祭神を合祀して創建した神社です。備前…
愛知県豊川市白鳥町に鎮座する古社が、三河国総社(三河総社)。隣接して三河国の国府の遺構が発掘される白鳥遺跡(曹源寺周辺)があり、律令制の始まった時代の三河国の中心にあたります。国司が国内に鎮座する神社を巡拝する慣習を簡略…
愛知県豊川市八幡町(やわたちょう)本郷にある天平13年(741年)、聖武天皇の詔で全国に建立した国分僧寺(金光明四天王護国之寺)の遺構が三河国分寺跡。600尺(180m)四方の敷地から金堂跡、講堂跡、塔跡などが発掘されて…
愛知県豊川市白鳥町にある曹洞宗の寺、曹源寺。合併して豊川市になっていますが、一帯はかつての国府町(こうちょう)で、三河国の国府が存在していた三河国府跡。しかも三河総社(白鳥総社)の東側にある曹源寺の境内が国庁の正殿があっ…
兵庫県姫路市御国野町、播磨国分寺跡(はりまこくぶんじあと)の寺域の北側に建つのが牛堂山国分寺(うしどうさんこくぶんじ)。播磨国分寺の後継寺院で、山門は奈良時代に聖武天皇の詔で建立された播磨国分寺の金堂のあった場所で(巨大…
天平13年(741年)、聖武天皇の詔(みことのり)により、国家鎮護のために諸国に建立された国分寺(金光明四天王護国之寺)のひとつが、安房国分寺。千葉県館山市国分にある後継寺院の安房国分寺一帯が安房国分寺跡だと推測され、往…
長崎県壱岐市芦辺町国分本村にある古代寺院の跡が壱岐国分寺跡(壱岐島分寺跡)。天平13年(741年)、聖武天皇の詔により鎮護国家を祈念する寺として諸国に建立された国分僧寺(こくぶんそうじ=金光明四天王護国之寺)のひとつで、…
古代、備前国の国庁(政庁)がどこにあったのかは定かでありません。岡山県岡山市中区国府市場には国長宮(こくちょうぐう)と称する神社があり、周囲に長森(ちょうのもり)、北国長、国長、南国長など国庁があったことを連想させる地名…
越中国の国府があった富山県高岡市伏木の越中国総社跡(伝承地)に建つ古社が氣多神社(けたじんじゃ)。神社の南東500mには越中国分寺の後継寺院・高野山真言宗国分寺(薬師堂)もあり、一帯は古代の越中国の中心地。氣多神社も越中…
群馬県前橋市にある、律令制の衰退期に誕生した古社が、上野国総社神社(正式名は總社神社)。古代、国府に赴任した国司は、一之宮から順に二之宮、三之宮と国内の神社を巡拝する習わしがありましたが、それを簡素化するために、国内の神…
島根県松江市大草町にある古社、六所神社(ろくしょじんじゃ)。律令時代の出雲国総社で、東側隣接地から出雲国庁の正殿あるいは後殿と推測される大型建築物の遺構が見つかっています。古代の出雲国は、意宇郡(おうぐん)、意宇平野が中…
島根県松江市大草町、意宇平野(いうへいや)の中央南寄り、出雲国総社である六所神社周辺が奈良、平安時代に出雲国庁(出雲国府)のあった場所、出雲国庁跡と推測されています。つまりは、一帯の条里制の名残りをとどめる水田が国府とい…
島根県松江市、聖武天皇の詔で創建された出雲国分寺に向かって南側から一直線に伸びる道が天平古道。奈良時代に造られた幅6m、全長486mの道で、国分寺へ通じる幹線道路だったことが想像できます(当時は石畳の道)。現在では土が盛…
天平13年(741年)に聖武天皇の詔で全国に造られた国分寺(金光明四天王護国之寺)の後継寺院が三重県志摩市阿児町国府(こう)にある志摩国分寺。往時の伽藍などは応仁の乱による兵火などで焼失、荒廃。現在は江戸時代末期建立の小…
兵庫県姫路市御国野町国分寺、壇場山古墳(だんじょうざんこふん)の北側の住宅地の一角に、小さな碑が立つだけの遺跡が播磨国分尼寺跡。天平13年(741年)、聖武天皇の詔により、諸国に建てられた国分尼寺(法華滅罪之寺)の跡。東…
国分寺は天平13年(741年)、聖武天皇の詔により、諸国の中心である国府に一寺ずつ建立された官寺で、正式名は金光明四天王護国之寺(こんこうみょうしてんのうごこくのてら)。播磨国(はりまのくに)に置かれた播磨国分寺の跡は、…
越中国(現・富山県)の国府は、現在の富山県高岡市伏木にあったと推測され(現在の勝興寺付近)、越中国分寺跡も同じ高岡市伏木にあります。聖武天皇が国家の安穏を祈願して全国に配した国分寺の跡で、天平13年(741年)の国分寺建…