楢下宿・覗橋
山形県上山市、羽州街道の宿場、楢下宿(ならげしゅく)の真ん中を流れる金山川に、明治15年に架橋された石造アーチ橋が覗橋(のぞきばし)。新町に明治13年架橋の石造アーチ橋「新橋」があり、2つを合わせてメガネが完成し、覗橋を…
山形県上山市、羽州街道の宿場、楢下宿(ならげしゅく)の真ん中を流れる金山川に、明治15年に架橋された石造アーチ橋が覗橋(のぞきばし)。新町に明治13年架橋の石造アーチ橋「新橋」があり、2つを合わせてメガネが完成し、覗橋を…
山形県上山市、羽州街道の宿場、楢下宿(ならげしゅく)の真ん中を流れる金山川に、明治13年に架橋された石造アーチ橋が新橋(しんばし)。下町に明治15年架橋の石造アーチ橋「覗橋」があり、2つを合わせてメガネが完成し、新橋を、…
滋賀県甲賀市信楽町にある信楽焼の窯跡で、滋賀県の史跡、経済産業省の近代化産業遺産に認定されるのが丸又窯(まるまたかま)。連房式で11室ある登り窯で、昭和8年〜昭和38年の間に、火鉢などを焼成していたもの。信楽窯元散策路を…
大阪府大阪市中央区船場にあるルネサンス風のレトロ建物が綿業会館(めんぎょうかいかん)。日本綿業倶楽部が管理する建物は、昭和6年築で国の重要文化財。設計は関西に建築物を残す渡辺節(わたなべせつ=その門下の村野藤吾が細部の図…
鹿児島県鹿児島市吉野町にある幕末の慶応3年(1867年)築の洋館が異人館(旧鹿児島紡績所技師館)。日本初の洋式紡績工場である鹿児島紡績所の技術指導にあたったイギリス人技師の宿舎で、国の重要文化財、世界文化遺産「明治日本の…
愛知県半田市、半田運河沿いに続くのが半田蔵の町並み(ミツカン工場群)。国道247号の半田大橋から南に続く川のような半田運河沿いに黒板囲いの蔵が続く、「蔵の町」と呼ばれる半田の中心地。古来から盛んだった醸造業や繊維業が今へ…
神奈川県横浜市中区のみなとみらい21新港地区、新港ふ頭の突端部分を整備したハンマーヘッドパーク (HAMMERHEAD PARK)にある巨大なクレーン(大型港湾荷役機械)がハンマーヘッドクレーン。大正3年に建造されたクレ…
兵庫県朝来市市生野町口銀谷の市川右岸沿いなどに残る生野鉱山専用軌道敷(三菱電気軌道)の跡がトロッコ道(トロッコ軌道跡)。生野鉱山(生野銀山)で産出した鉱石を運搬するための鉱山鉄道の廃線跡で、大正9年、電気機関車が導入され…
兵庫県朝来市生野町口銀谷に現存する日本で最初に建てられた鉱山官舎・社宅が旧生野鉱山職員宿舎。明治時代から大正、昭和にかけての風呂や竈(かまど)などの生活様式の変化を展示するほか、その一部は、黒澤明監督作品に数多く出演した…
兵庫県朝来市(あさごし)佐嚢にある明治初期建築の洋館がムーセ旧居。明治維新とともに生野銀山(生野鉱山)が、日本で初の国営鉱山となり、フランス人技師の指導を仰いだ際、その住居として建築されたもの。明治4年暮れから明治5年に…
兵庫県朝来市にある日本を代表する銀山の跡が史跡生野銀山で、その坑道を観光用に公開。「観光坑道」は坑道のうち1kmを公開するもの(往復40分)。近代坑道・金香瀬坑(かながせこう)が中心とした見学となりますが、江戸時代の滝間…
兵庫県朝来市佐嚢にある明延鉱山の選鉱施設として建設された選鉱場跡が神子畑選鉱場跡。神子畑鉱山が明治終期に閉山し、大正8年、明延鉱山の鉱石を選鉱する選鉱場として誕生したもので、当時は「東洋一の選鉱場」といわれていました。昭…
兵庫県朝来市にある明治20年に完成した鋳鉄製二連アーチ橋が羽渕鋳鉄橋。現在は国道312号沿いに移設保存され、兵庫県重要有形文化財、経済産業省の近代化産業遺産に認定されるほか、日本遺産「播但貫く、銀の馬車道 鉱石の道」の構…
兵庫県朝来市の神子畑川に架かる鋳鉄一連アーチ橋が神子畑鋳鉄橋(みこばたちゅうてつきょう)。明治18年に架橋された橋で、鋳鉄製の橋梁としては、日本最古の橋、国の重要文化財、そして経済産業省の近代化産業遺産、さらには日本遺産…
愛知県豊田市水源町で、矢作川から取水し、岡崎市、安城市、西尾市、碧南市、高浜市、刈谷市、知立市に水を供給する近代農業用水が明治用水。明治13年に完成した用水は、農林水産省の疏水百選、国際かんがい排水委員会(ICID)の世…
愛知県名古屋市港区の堀川河口部、堀川と中川を連絡する旧1・2号地間運河に架る東海道本線の貨物支線(通称「名古屋港線」)の跳ね上げ橋が名古屋港跳上橋(なごやこうはねあげばし)。昭和55年の鉄道廃線後、桁を跳ね上げた状態で保…
愛知県常滑市の「やきもの散歩道」Aコース途中にあるのが登窯(陶栄窯)。常滑の登窯は天保5年(1834年)に導入され、明治時代の末には60基もの登窯があったといわれています。残念ながら現存するのは明治20年頃に造られ、昭和…
千葉県銚子市にある江戸時代末期から明治時代にかけて、ヒゲタ醤油の醸造用水として用いられた湧水井戸が竜の井(玄蕃井戸)。生産量の増加を背景に、幕末の慶応4年(1868年)、玄蕃山と呼ばれる田中玄蕃(田中家当主の名)保有の山…