高田石切場

高田石切場

鹿児島県南九州市川辺町高田、永里川沿い、たかたの命水近くにあるのが、高田石切場(たかたいしきりば)。江戸時代の文化文政年間(1804年〜1830年)に切り開かれた高田石を切り出す石切り場の跡で、柔らかく加工しやすい反面、雨風にさらされると硬くなる性質から墓石などに利用された石です。

江戸時代に高田石を切り出した石切り場の跡

高田石切場
この先に石切り場の跡が

高田石は江戸時代、竹で足場を組み、鑿(ノミ)と小槌(小ヅチ)、鶴嘴(ツルハシ)などを使って人力で切り出し、従事した人は「石切ぃどん」と呼ばれていました。

石切場跡の断崖には、貞享4年(1687年)〜正徳4年(1711年)に西山観音寺住職・是珊が石工・久保田太右衛門に命じて彫らせた高田磨崖仏が明治初年の廃仏毀釈(鹿児島県では廃仏毀釈の嵐が吹き荒れ、多くの名刹、仏像が失われています)の難を逃れて現存しています。

高田石切場
名称 高田石切場/たかたいしきりば
所在地 鹿児島県南九州市川辺町高田
ドライブで 南薩縦貫道南九州川辺ICから約8km
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

 

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