大分県杵築市、杵築城の西の高台に位置する、北台武家屋敷跡。杵築藩の上級武士が暮らした武家屋敷街で、杵築市北台南台伝統的建造物群保存地区にも選定されています。海蝕崖で囲まれた南北の台地は武家地、台地を囲む低地は町人地という「サンドイッチ型城下町」を形成していました。
家老を務めた重臣などの屋敷が建ち並ぶ
藩校をはじめ、家老屋敷の「大原邸」、幕末に建てられた藩主の屋敷「能見邸」、藩主の休息所となっていた「楽寿亭」の一部だった「磯矢邸」など、近世には身分の高い上級武士の暮らした武家屋敷街だった場所です。
18世紀末の作成と推測できる『杵築城図(金子絵図)』からは、 勘定場の坂上の家老丁に、筆頭家老の中根斎(現・大原邸)、 岡藤助(現・能見邸)が大きな屋敷を構え、さらには榎並喜左衛門(現・磯矢邸)、 加藤助左衛門(天明8年以降は藩校「学習館」)など家老を務めた経験のある350石取以上の重臣たちが暮らしていたことがわかります。
この高台の屋敷群を取り囲むように、北に番所の坂、東に勘定場の坂、南には商人の町へ降りる酢屋の坂などがあり、坂から見下ろす景色とともに、独特の風情を醸し出しています。
とくに勘定場の坂から延びる家老丁は、藩の重臣たちが暮らした町。
そのため坂道も籠かきや馬が登降しやすいように石段などになっているのです(勘定場の坂は、駕籠かきが横になって)。
武家屋敷の間口は広くとられ、家老などの大身の屋敷地は実質的には500坪〜600坪の広さを有しています。
武家屋敷の道路側は、往時にはほとんどが土塀でししたが、現在では一部は生垣に変わっています。
杵築市北台南台伝統的建造物群保存地区に選定される北台武家屋敷跡には、家老丁、本丁、裏丁という藩政時代の地割が残り、江戸時代の建物が最も多く、集中的に残されている点にも注目を。
北台武家屋敷跡(杵築市北台南台伝統的建造物群保存地区) | |
名称 | 北台武家屋敷跡(杵築市北台南台伝統的建造物群保存地区)/きただいぶけやしきあと(きつきしきただいみなみだいでんとうてきけんぞうぶつぐんほぞんちく) |
所在地 | 大分県杵築市杵築北台 |
関連HP | 杵築市観光協会公式ホームページ |
ドライブで | 大分空港道路杵築ICから約3.3km |
駐車場 | 観光客用駐車場を利用 |
問い合わせ | 杵築市文化・スポーツ振興課 TEL:0978-63-5558/FAX:0978-63-5559 |
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。 |
最新情報をお届けします
Twitter でニッポン旅マガジンをフォローしよう!
Follow @tabi_mag