小野さんのルーツを探せ!

全国におよそ28万人ほどで、日本人の名前としては52位〜55位くらいにランキングされるのが小野姓。歴史的には小野妹子(おののいもこ)、小野小町(おののこまち)、三跡のひとり小野道風(おののみちかぜ)、小野篁(おののたかむら)と飛鳥時代から平安時代の有名人がずらり。実はルーツ探しにはこの有名人がヒントに・・・。

近江・大津は小野さんのルーツ探しの筆頭

──山城国愛宕郡(おたぎぐん)小野(現・京都市左京区上高野)や山城国宇治郡小野(現・京都市山科区小野)は、遣隋使の小野妹子を出した小野氏の発祥地だが、一族は後に近江国滋賀郡小野(大津市小野)に移った。

琵琶湖の西岸、JR湖西線和邇駅(わにえき)から小野駅一帯にかけて、小野氏に関係する重要な遺跡が残っている。
和邇川沿いに湖西線を越えて行くと、やがて参道と鳥居が見える。
鳥居をくぐれば欝蒼とした木立のなか、小野妹子の子孫で平安前期屈指の学者・歌人・官人であった小野篁(おののたかむら)を祀る小野篁神社(おのたかむらじんじゃ)がある。
小野篁は昼は朝廷の官人ながら、夜は冥官として地獄の閻魔大王に仕えていたといわれ、夜ごと井戸を通って地獄に通ったとか。
京都の六道珍皇寺(ろくどうちんのうじ)にその井戸が残されている。

小野篁神社の左手奥には、玉垣に囲まれた小野神社本殿が鎮座している。
小野神社は小野妹子の出生地と考えられている神社で、祭神は小野妹子の祖先である米餅搗大使主命(タカネツキオオオミノミコト)。
名前が米餅搗というだけあって、日本で初めて餅つきをした人物として知られ、また、菓子づくりの神様としても崇められている。

──小野神社から南へ行くと、小野篁の孫にあたる小野道風の小野道風神社がある。
さらに、小野道風神社に行く途中に石神古墳群があり、和邇川を越えた北には小野天皇社がある。

さらに南に歩けば、住宅街に小野妹子神社と唐臼山古墳(からうすやまこふん)がある。
7世紀前半の石室があり、小野妹子の墓という説もあるが、定かでない。
小野妹子は遣隋使となり「日出ずる国の天子 日没する国の天子に書をいたす」と記された国書をもって渡海している。
つまりは日本最初の重要な使命を有した外交官ということで、これにあやかろうと外交官、駐在員の参拝が多いのだとか。
小野さんなら、小野妹子神社は必踏の地といえるだろう。

小野神社(滋賀県大津市)

小野さんのルーツを探し、小野小町ゆかりの地へ

この地には小野妹子・小野篁・小野道風という錚々たるメンバーが揃っているのだが、もう一人忘れちゃいませんかという人物が小野小町(一説には小野篁の娘とか)だろう。

小野小町の生誕伝説がある地域は、秋田県湯沢市小野を始め、宮城県桃生郡鳴瀬町、福島県小野町、彦根市小野町、福井県越前市、熊本市北区植木町小野など全国に点在している。
誕生地が多彩ならば、終焉の地も色々あり、全国に小町の墓やら小町塚、供養塔が残っている。

大津市大谷の月心寺の小野小町百歳像や、京都市左京区静市市原町の小町寺(補陀洛寺)に残る小町老衰像がユニーク。
──小町の遺跡めぐりで疲れた人は、美人の湯で知られる、小野小町が開湯したという小野川温泉(米沢市)へどうぞ。

──小野篁の裔(えい=子孫)に武蔵七党の横山党・猪俣党があり、他に、常陸国那珂郡小野発祥の小野氏や、陸奥守の小野氏、塩釜社の小野氏、岩代国田村氏流の小野氏、陸前国清和源氏斯波氏流の小野氏、桓武平氏江戸氏流の小野氏、出羽・越後・下野日光・武蔵国・出雲国の小野氏などがある。

奈良県天理市には小野妹子の孫の小野毛野(おののけぬ=飛鳥時代から奈良時代にかけての公卿)が建てたという願興寺跡があり、小野城跡は、亀山市小野町や大垣市小野、宮城県東松島市、福島県小町などに残されている。

小野姓は特に大分(大姓3位)に多く、岡山(11位)や福島(18位)などの東北南部にも多いようだ。

代表家紋は梶の葉。他に、左万字、笹の丸、雪持ち笹、柏、鷹の羽、二つ引両、三つ巴、立ち木瓜(もっこう)、丸に橘、茗荷、五三桐など。

協力/札場靖人(家紋と姓名研究家)

 

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プレスマンユニオン編集部

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