飛鳥山1号墳(飛鳥山古墳群)

武蔵野台地の東北のヘリに位置する飛鳥山。全体が日本で最初の都市公園、飛鳥山公園となっていますが、そのなかには古墳が眠っています。飛鳥山公園の旧渋沢庭園内にある円墳群ですが、近年までたんなる庭園内の丘として扱われ、発掘調査もされていませんでした。実は飛鳥山の南北に連なる台地には古墳が多数つくられていたのです。

旧渋沢庭園の森のなかに古墳が眠っている!

何気なく通り過ぎて見落としそうな古墳です

飛鳥山1号墳は古墳時代後期の円墳で、直径は31m、平成元年の調査で、周囲には3.8mの周溝が発見され、平成5年の調査ではさらに切石を利用した横穴式石室が確認されています。

残念ながら石室は玄室の左側壁の最下段の床石以外は大きく破壊されていました。石室部分からは太刀の一部、切子玉、ガラス小玉などが出土しています。

まだ明らかにはなっていませんが、公園内では他にも1号墳の北西に2号墳、3号墳の周溝が確認されていて、一帯が古墳群(合計6基)だったことが判明しています。

7世紀頃までの武蔵国(むさしのくに)は、飛鳥京・藤原宮木簡に「无耶志国」と記されているように、「无射志」(ムザシ)や「牟射志」(ムンザシ)と称していました。中心部は、現在の行田市一帯。行田市の「埼玉古墳群」(「埼玉古墳群-古代東アジア古墳文化の終着点-」として世界遺産への登録を推進中)に眠っているであろう无邪志国造(むさしのくにのみやつこ)配下の豪族が、飛鳥山麓の低湿地帯を農耕地帯へと開拓し、台地上に古墳を築いたと推測できます。

飛鳥山1号墳からガラス玉(とんぼ玉)が発見されていることからも、大陸との交流も示唆されます。あるいは、この地を拓いた古代の豪族は、大陸出身の帰化人だったのかもしれません。

同じ北区では西ヶ原2丁目の御殿前遺跡(滝野川公園周辺)から武蔵国豊島郡の郡衙(地方役所)と推測される奈良・平安時代に造られた建物の跡が発掘されています。

古代の武蔵国には21の郡が置かれ、現在の東京都にあたる部分が豊島郡、荏原郡、多麻郡で、豊島郡衙の中心部分が滝野川公園一帯だということがわかっています。

つまり、古代には飛鳥山から滝野川にかけては、一帯の中心地として発展していたのです。

北区の古代史

 旧石器時代(3万年前〜)  赤羽台で石器使用(赤羽台遺跡)
 縄文時代前期(1万2000年前〜)  西ヶ原で大型定住始まる(七社神社前遺跡)
 縄文時代中期  中里で縄文土器や丸木舟を使用(中里遺跡)
 縄文時代後期(〜2500年前)  西ヶ原で漁労、貝塚をつくる(西ヶ原貝塚)
 弥生時代中期  飛鳥山などで環濠集落誕生(飛鳥山遺跡・亀山遺跡)
 弥生時代後期  方形周溝墓が造られ鉄剣埋葬(田畑西台通遺跡)
 古墳時代前期(3世紀半ば〜)  隅田川沿いに低地集落誕生(豊島馬場遺跡)
 古墳時代後期(〜7世紀半ば)  飛鳥山、赤羽台、十条台の台地上に古墳群造られる
 古代(7世紀後半〜9世紀後半)  西ヶ原に武蔵国豊島郡の郡衙完成(御殿前遺跡)
 古代(10世紀頃)  豊島氏が豊島郡を支配するようになる
飛鳥山1号墳(飛鳥山古墳群)
名称 飛鳥山1号墳(飛鳥山古墳群)/あすかやまいちごうふん(あすかやまこふんぐん)
所在地 東京都北区王子1-1-3
電車・バスで JR京浜東北線王子駅中央口・南口から徒歩5分
駐車場 21台/有料
問い合わせ 北区飛鳥山博物館 TEL:03-3916-1133/FAX:03-3916-5900
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
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