青森県つがる市、岩木川沿岸の標高10m~15mの丘陵上にあるのが田小屋野貝塚。貝塚という名前ですが、竪穴建物、墓、貝塚、捨て場、貯蔵穴などが出土する縄文時代(定住発展期前半)の貝塚集落跡で、世界文化遺産「北海道・北東北の縄文遺跡群」の構成資産となる17遺跡のひとつです。
縄文時代前期の貝輪製造が行なわれたムラ
田小屋野貝塚がある丘陵は、縄文時代の海面上昇期(縄文海進期)に形成された内湾の古十三湖(こじゅうさんこ)に面し、漁労、貝の採取に適した地で、その背後には落葉広葉樹の森が広がっていました。
三内丸山遺跡とほぼ同じ縄文時代前・中期の遺跡で、貝塚は太平洋側に多く、田小屋野貝塚は日本海側の数少ない貝塚のひとつ。
当時のムラの形と暮らしの様子が分かる貴重な遺跡です。
貝塚からは汽水域に棲息するヤマトシジミ、イシガイなどの貝類、コイ、サバなどの魚の骨、ガン、カモ類などの鳥骨が出土しています。
祭祀・儀礼の場でもあった捨て場からは石器、土器片、鯨類の骨で作った骨角器が出土し、縄文時代前期(6000年前~5500年前)の土坑墓からは出産歴のある女性の埋葬人骨が発見されています。
青森県を含め、国内の土壌は火山によって生まれた酸性土壌が中心となるため、人骨が残るのは稀(まれ)。
縄文時代は長期にわたったため、後に土坑墓の上にヤマトシジミの貝殻が捨てられ、貝のアルカリ成分により土壌が中和され、人骨が溶けずに残されたのです。
頭蓋骨がないため、女性の顔は復元できませんが、腰からお尻の部分の骨の特徴から、成年女性の人骨だと判明しています。
ベンケイガイ製の貝輪(ブレスレット)の完成品だけでなく、未製品が多数出土したことから、田小屋野の縄文集落では貝輪の製造が行なわれていた貝輪加工場があったこと、さらにベンケイガイ製貝輪が北海道から出土していること、北海道の黒曜石が見つかっていることから、海を越えた交流が明らかになっています。
これまでに発掘された範囲は、史跡に指定された範囲で1%にも満たないため、今後の遺跡を破壊しない発掘が待たれることに。
遺跡のガイドを希望する場合は、亀ヶ岡石器時代遺跡南側の「縄文遺跡案内所」にボランティアガイド(所要時間30分~1時間、無料)が待機。
また、「つがる市縄文住居展示資料館(カルコ)」がガイダンス施設になっています。
世界文化遺産「北海道・北東北の縄文遺跡群」の構成資産となる青森県内の遺跡は、田小屋野貝塚(つがる市)のほか、亀ヶ岡石器時代遺跡(つがる市)、小牧野遺跡(青森市)、三内丸山遺跡(青森市)、是川石器時代遺跡(八戸市)、大平山元遺跡(外ヶ浜町)、大森勝山遺跡(弘前市)、二ツ森貝塚(七戸町)の合計8ヶ所で、構成資産17ヶ所の半数近くを占めている「世界一の縄文遺跡の県」です。
田小屋野貝塚 | |
名称 | 田小屋野貝塚/たごやのかいづか |
所在地 | 青森県つがる市木造館岡田小屋野 |
電車・バスで | JR五所川原駅から弘南バス市浦庁舎行きで35分、田小屋野下車、徒歩3分。または、JR木造駅からタクシー20分 |
ドライブで | 東北自動車道浪岡ICから約31km |
問い合わせ | つがる市教育委員会社会教育文化課 TEL:0173-49-1194 |
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。 |
最新情報をお届けします
Twitter でニッポン旅マガジンをフォローしよう!
Follow @tabi_mag