正福寺・地蔵堂
東京都東村山市、臨済宗建長寺派の寺、正福寺(しょうふくじ)。鎌倉幕府第8代執権・北条時宗(ほうじょうときむね/在職1268年〜1284年)が鷹狩時に病に伏した際、地蔵菩薩が夢枕に立って丸薬を与え、それによって病から回復し…
東京都東村山市、臨済宗建長寺派の寺、正福寺(しょうふくじ)。鎌倉幕府第8代執権・北条時宗(ほうじょうときむね/在職1268年〜1284年)が鷹狩時に病に伏した際、地蔵菩薩が夢枕に立って丸薬を与え、それによって病から回復し…
東北にある国宝建築物は、6ヶ所。最北の国宝建築物は、中世の藤原文化を今に伝える中尊寺金色堂(岩手県)です。福島県の白水阿弥陀堂ともに、京で隆盛した末法思想・浄土信仰が東北まで到達していたことを表しています。宮城県の国宝3…
日本三景・松島にある名刹・瑞巌寺。その正式名は松島青龍山瑞巌円福禅寺。臨済宗妙心寺派の禅寺です。現存する庫裏(くり=瑞巌寺での表記は庫裡)は、江戸時代初期、伊達政宗の再興時に建てられたもので、国宝。庫裡は、禅宗寺院の台所…
『大漁唄い込み』に「松島のサーヨー 瑞巌寺ほどの 寺もないトエー」と唄われる宮城県松島町の瑞巌寺(ずいがんじ)。現存する本堂は、伊達政宗(だてまさむね)が寺を再興した際の方丈で、慶長14年(1609年)3月に上棟、東北で…
宮城県仙台市青葉区にある仙台62万石の総鎮守社が大崎八幡宮。社伝では8世紀、坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)が武運長久を祈り、遠征先の鎮守府(胆沢城)に宇佐神宮を勧請し鎮守府八幡宮を創建したのが始まりという古社です…
阿弥陀如来を本尊とする仏堂が阿弥陀堂。阿弥陀堂のルーツは、天台宗の常行堂(常行三昧堂)で、修行のための堂ですが、平安時代の末期、末法思想を背景にした浄土信仰の広まりで、阿弥陀仏の住む極楽浄土を表現する堂として多くの阿弥陀…
京都市伏見区日野にある真言宗醍醐派の古刹、法界寺(ほうかいじ)。『方丈記』で知られる鴨長明(かものちょうめい)が暮らし、親鸞が生まれた日野は、もともと日野家の領地。平安時代後期の永承6年(1051年)、公卿・日野資業(ふ…
釈迦の舎利(遺骨)を収める仏塔のひとつが三重塔。仏教の世界観である涅槃の境地を象徴するストゥーパ(サンスクリット語: stūpa)に由来し、インドから中国に伝わって「卒塔婆」という字が当てられ、楼閣建築の形式が取り入れら…
滋賀県湖南市にある天台宗の古刹、善水寺。常楽寺、長寿寺とともに紅葉の見事さでも知られる湖南三山の一寺で、本堂は国宝。寺伝によれば、奈良時代の和銅年間(708年〜715年)、元明天皇が国家鎮護の道場、和銅寺として建立したの…
滋賀県湖南市石部地区にある天台宗の古刹が常楽寺。長寿寺、善水寺とともに湖南三山のひとつ。寺伝によれば、和銅年間(708年〜715年)、元明天皇の勅願で良辨(ろうべん=良弁、東大寺を開山、大仏建立)によって創建されたと伝え…
滋賀県湖南市石部地区にある天台宗の古刹、長寿寺。奈良時代の和銅年間(708年~715年)に紫香楽宮(しがらきのみや、信楽宮)の鬼門を封じるために僧・良辨(ろうべん/良弁=東大寺を開山)によって築かれたのが長寿寺で湖南三山…
長野県小県郡青木村にある天台宗の古刹が大法寺。8世紀初頭、律令時代の始まりとともに、朝廷と東国を結ぶ令制東山道(りょうせいとうざんどう)の浦野駅(うらののうまや=現・青木村当郷の浦野駅跡公園)が近くにあったこともあり、そ…
長野県上田市、「信州の鎌倉」と呼ばれる塩田平・別所温泉にある曹洞宗の古刹が安楽寺(あんらくじ)。鎌倉時代、臨済宗の僧・樵谷惟仙(しょうこくいせん)中興で、禅寺として信州最古の寺。鎌倉時代中期にはすでに鎌倉の建長寺に相当す…
下層から地(基礎)、水(塔身)、火(笠)、風(請花)、虚空(宝珠)を意味する5層の屋根からなる五重塔。まさに仏教的な宇宙観を表すタワー(塔)で、そそり立つ姿は宇宙との交信タワーとも思われます。世界最古の木造五重塔の法隆…
西方極楽浄土(さいほうごくらくじょうど)の入口、死者の魂が赴く地とされた二上山(にじょうさん/奈良県葛城市)の山麓にある古刹、當麻寺(当麻寺/たいまでら)。中将姫(ちゅうじょうひめ)が織ったという西方極楽浄土の様子を表し…
京都府木津川市加茂町、三上山(海住山)の中腹に立つ古刹が海住山寺(かいじゅうせんじ)。天平7年(735年)、聖武天皇(しょうむてんのう)の勅願で、東大寺初代別当の良辨(ろうべん)僧正が一堂を建て、十一面観世音菩薩を安置し…
奈良県奈良市にある元興寺(がんごうじ)はかつて南都七大寺として栄えた寺。蘇我馬子(そがのうまこ)が飛鳥(あすか)に建立した日本最古の本格的仏教寺院・法興寺(現・飛鳥寺)が平城京遷都に際して平城京(奈良)に移転し、元興寺と…
日光東照宮でもっとも重要な空間が御本社で、拝殿・石の間・本殿の3つの建物で構成されています。拝殿左右には、「将軍着座の間」・「法親王着座の間」があります。3代将軍・徳川家光の命により寛永13年(1636年)に造営されたも…