書写山圓教寺
康保3年(966年)、性空上人が開山した古刹で、姫路の書写山(標高371m)全体が寺域となった天台宗の別格本山が書写山圓教寺。比叡山、大山とともに天台の三大道場として栄え、「西の比叡山」とも呼ばれています。西国三十三所第…
康保3年(966年)、性空上人が開山した古刹で、姫路の書写山(標高371m)全体が寺域となった天台宗の別格本山が書写山圓教寺。比叡山、大山とともに天台の三大道場として栄え、「西の比叡山」とも呼ばれています。西国三十三所第…
樽見の大桜は、兵庫県養父市(やぶし)にある推定樹齢1000年というエドヒガンの老木で、国の天然記念物。文政5年(1822年)に出石藩の儒学者・桜井舟山が「仙櫻」と命名。出石藩と生野代官所の管轄の境界を示すために植えられた…
神戸市中央区のポートアイランドにあるのが神戸市立青少年科学館。神戸ポートアイランド博覧会(昭和56年3月20日~9月15日)に出展された「神戸館」と「神戸プラネタリウムシアター」を、会期終了後に増改築して、昭和59年4月…
第一次世界大戦中に捕虜として中国・青島から日本に連行され、その後、日本に留まってバウムクーヘンや洋菓子などを販売したドイツ人のカール・ユーハイム(Karl Joseph Wilhelm Juchheim)が始めた洋菓子店…
明治大学山岳部OBで、世界的に知られる冒険家・植村直己(うえむらなおみ)。兵庫県城崎郡日高町(現・豊岡市)の出身であることから故郷・豊岡市日高町の神鍋高原の美しい環境のなかに建つのが植村直己冒険館。登山靴やピッケルなど愛…
日米修好通商条約で慶応3年12月7日(1868年1月1日)に開港した神戸港(兵庫港)ですが、慶応4年4月2日(1868年5月23日)に兵庫港第3波止場として開設されたのがメリケン波止場。初代のアメリカ領事館(現・神戸郵船…
元治元年(1864年)5月、江戸幕府軍艦奉行の勝海舟の進言で、大坂湾防備を念頭に神戸に築かれた海軍士官養成機関の跡が神戸海軍操練所跡。京橋筋南詰には錨(いかり)を模した神戸海軍操練所跡碑が立っています。
明石海峡が最も狭くなった舞子海岸に築造された幕末の砲台跡が旧明石藩台場跡(舞子砲台)。本州と淡路島を結ぶ明石海峡大橋の本州側のたもと、舞子公園の西の端に位置しています。幕府が明石海峡の警備強化のために、文久3年(1863…
神戸港のルーツ、メリケン波止場(メリケン波止場前交差点)に隣接する港公園に設置される石碑が神戸海軍操練所・陸奥宗光顕彰碑。仲良く2つの石碑が並び、左側が「海軍営之碑」、右側が陸奥宗光を讃える「陸奥宗光顕彰碑」です。
美濃国安八郡脇田村(現・岐阜県海津市)出身で、鐘紡中興の祖、日本の紡績王ともいわれる実業家で、後に政治家になった武藤山治(むとうさんじ)の神戸・舞子の有栖川宮別邸(現・舞子ビラ)近くに建てられた別邸。明治40年築の洋館の…
明石海峡に架かる世界最長の吊り橋「明石海峡大橋」(平成10年完成)の技術を多角的に紹介する科学ミュージアムが橋の科学館。明石海峡大橋の神戸側のたもと、舞子公園に建っています。明石海峡側には無料で使える休憩室もあり、明石海…
明石海峡大橋の神戸側のたもと、舞子公園(神戸市垂水区)にある中国式楼閣が孫文記念館(移情閣)。大正4年築のコンクリートブロック造りの建物は国の重要文化財。内部は辛亥革命の父と仰がれる孫文(孫中山)を顕彰する日本で唯一の博…
世界一の大吊り橋「明石海峡大橋」の神戸側に付帯施設として設けられた有料の回遊式遊歩道が舞子海上プロムナード。海面からの高さ47m、延長317m(陸から海へ150m)の歩道でスリルと眺望がバツグン。明石海峡大橋の神戸側のア…
明石海峡に臨む神戸市垂水区にある巨大な前方後円墳が五色塚古墳。墳丘長194m、前方部の高さ11.5m、後円部の高さ18mで兵庫県下最大の前方後円墳で、周囲に幅10mの堀を巡らせています。4世紀末〜5世紀初頭にかけて築造さ…
神戸市須磨区の鉢伏山にかかるロープウェイで須磨浦山上遊園への足となっているのが須磨浦ロープウェイ。山陽電気鉄道本線須磨浦公園駅と鉢伏山上駅を結び、鉢伏山上駅ではカーレーター(全長91m、勾配25度)に接続。全長464m(…
仁和2年(886年)、聞鏡上人(もんきょうしょうにん)が光孝天皇の勅命により上野山福祥寺(寺の正式名)を建立したのが始まりと伝えられる神戸、須磨の古刹が大本山須磨寺。嘉応元年(1169年)、源頼政が寺領を寄進し、聖観世音…
須磨浦公園とその周辺は、源平合戦の一の谷古戦場の跡。公園内には平敦盛(たいらのあつもり)の供養のため建てられたという五輪塔、敦盛塚(神戸市指定有形文化財)もあります。弱冠17歳(『源平盛衰記』では16歳)にして一の谷の合…
源平合戦(治承・寿永の乱)の古戦場として知られる須磨。一の谷から西一帯の海岸が一の谷の戦いの舞台とされ、「戦の濱」と通称されています。現在は鉄拐山、鉢伏山を含む103.8haという広大な須磨浦公園として整備されています。…