川端通商店街
福岡県福岡市博多区にある商都・博多でももっとも歴史のある商店街が川端通商店街(かわばたどおりしょうてんがい)。かつては海岸に面した博多の総鎮守・櫛田神社(くしだじんじゃ)。その門前町の川端町は博多で最初に栄えた商業の町。…
福岡県福岡市博多区にある商都・博多でももっとも歴史のある商店街が川端通商店街(かわばたどおりしょうてんがい)。かつては海岸に面した博多の総鎮守・櫛田神社(くしだじんじゃ)。その門前町の川端町は博多で最初に栄えた商業の町。…
福岡県福岡市南区にある曹洞宗の寺、穴観音(興宗寺)。正式名は興宗禅寺(こうそうぜんじ)で、福岡城築城の際、黒田長政が石垣に古墳の石を使ってしまったので、古墳の霊を供養するために拝殿を建てたのが寺の始まり。拝殿の後ろにある…
福岡県福岡市城南区にある旧筑前福岡藩主黒田家の別邸跡を整備した公園が友泉亭公園(ゆうせんていこうえん)。福岡藩6代藩主・黒田継高(くろだつぐたか)が宝暦4年(1754年)に旧早良郡田島村に別邸(大名庭園)として建てたもの…
福岡県福岡市にある国の重要文化財に指定されるレトロ建築が旧福岡県公会堂貴賓館。明治43年3月11日〜5月9日に行なわれた『第13回九州沖縄八県連合共進会』の貴賓接待場所として建てられたもの。明治期のフレンチ・ルネサンス様…
福岡県福岡市、昭和36年創業の博多・大名にある料亭が稚加榮(ちかえ)併設の土産店、稚加榮本舗。お客さんからのリクエストで作り始めたという辛子明太子がロングセラーになっています。原料のたらこは北海道近海物に限定。しかも粒、…
福岡県福岡市春吉、博多の歓楽街、中洲近くに本店を構えるのが明治22年創業の老舗和菓子店、花月堂寿永。看板商品は太宰府天満宮の梅をイメージした「福うめもなか」、そして天明4年(1784年)、博多湾の志賀島で出土した金印をモ…
福岡県福岡市博多区上川端町、櫛田神社に隣接の角地に建つ創業明治15年という、うどん屋が、かろのうろん。店名は「角のうどん」が、いつしか訛ってついたのだとか。博多で麺類といえば、ラーメンと連想しがちだが、実はうどんも圧倒的…
福岡県福岡市東区馬出にある博多ラーメンの「元祖」のひとつが博龍軒。地元の人が愛用する庶民派ラーメンの店ですが、創業者の山平進氏はうどん屋台を引いた屋台時代に「赤のれん」の津田茂氏とともに、現在の博多ラーメンの原型となる平…
福岡県福岡市中央区大名にある博多ラーメンの老舗のひとつが元祖赤のれん節ちゃんラーメン本店。昭和21年創業で、豚骨スープを使った博多ラーメンの原型を築いた店ともいわれています。麺は極細ながら、平打ち。キクラゲではなく、メン…
札幌、喜多方とともに「日本三大ラーメン」に数えられる博多ラーメン。現在の白濁した豚骨スープ、細くストレートで固茹で、そして替え玉OKは、魚市場近くの「長浜ラーメン」に由来するスタイル。そんな博多ラーメンのルーツといえるの…
福岡県札幌、喜多方と並び、「日本三大ラーメン」にも数えられる博多ラーメン。今も営業を続ける店の中で、最古の歴史を有するのが中洲(福岡市博多区中洲)のど真ん中にあるらーめん博多荘。戦後間もない昭和21年に中洲に開店し、博多…
福岡県福岡市中央区、福岡市営地下鉄天神駅から徒歩3分、天神のどまんなか、警固公園(けごこうえん)に隣接して建つ社が警固神社(けごじんじゃ)。社伝によれば、仲哀天皇9年(西暦200年)、神功皇后が新羅征伐の際、警固大神が現…
福岡県福岡市東区にある筑前国一之宮が筥崎宮(はこざきぐう)。宇佐神宮(大分県宇佐市)、石清水八幡宮(京都府八幡市)と並び、日本三大八幡宮にも数えられる古社ですが、楼門は文禄3年(1594年)、名島城主・小早川隆景の建立で…
金印(漢委奴国王印)発見の地として知られる福岡県福岡市の志賀島(しかのしま)。鎌倉時代には、元寇(蒙古襲来)の際の第二次侵攻、弘安4年(1281年)の際には元軍に占領されたこともありました。その弘安の役で、高野山の僧侶が…
最初の蒙古襲来・文永の役後の建治2年(1276年)、鎌倉幕府執権・北条時宗が元軍の再襲来に備えて九州の諸武将に命じて築かせた石築地が元寇防塁。博多湾岸の東西に20kmにも渡って延び、9ヶ所ほどが現存(国の史跡)しますが、…
福岡県福岡市東区にある陸繋島の志賀島(しかのしま)。古代、大陸への玄関口で、金印(漢委奴国王印)出土で有名ですが、鎌倉時代の元寇(蒙古襲来)では、元軍と日本軍(鎌倉幕府軍)との激戦地にもなっています。蒙古塚は、戦死した蒙…
文永11年10月20日(1274年11月19日)、元軍は博多湾(現・福岡県福岡市)に襲来し、主力部隊となる蒙古・漢軍は百道原に上陸、祖原、鳥飼、赤坂の一帯が激戦の地となりました。元軍の一部隊が陣を構えた古戦場のひとつが祖…
二度にわたる博多湾への元寇(げんこう)のうち、文永の役後の建治2年(1276年)、鎌倉幕府執権・北条時宗が元軍の再襲来に備えて九州の諸武将に命じて築かせた石築地が元寇防塁。福岡市早良区の西新地区(にしじんちく)は、当時、…