五家荘平家の里

五家荘平家の里

平家の落人伝説が残る熊本県八代市の五家荘(ごかのしょう)。樅木地区にある五家荘平家の里は、平家落人伝説を今に伝えるビジターセンター的な施設。平安朝の寝殿造を模した「平家伝説館」では、落人ゆかりの品々やパネルの展示、大型スクリーンによる映像、そして人形などを使って落人の里を紹介しています。

平家落人伝説を今に伝える施設

五家荘平家の里
紅葉は例年10月下旬~11月中旬が見頃

「能舞台」では伝統芸能の薪能(たきぎのう)や神楽(かぐら)、平家琵琶(へいけびわ)の演奏などが披露されています(例年秋には『平家琵琶と夜神楽』も)。

敷地内にはほかに、築150年余の茅葺き屋根の民家を移築した食事処や物産館もあり、山菜料理や手打ちそばを味わうことができます。

五家荘平家の里

五家荘に伝わる平家落人伝説とは!?

平家落人の里と伝わる五家荘は、文治元年(1185年)、壇ノ浦合戦に敗れた平重盛(たいらのしげもり)の三男、平清経(たいらのきよつね)が豊後竹田に落ち延び、緒方実国(おがたさねくに)の娘を妻に迎えて緒方姓を名乗りましたが、その子孫が住み着いたという久連子(くれこ)、椎原(しいばる)、葉木(はぎ)の3集落と、菅原道真の子供が左座(そうざ)と姓を変え、藤原氏の追討を恐れて隠れたと伝わる仁田尾(にたお)、樅木(もみき)の2集落から成っています。

落人伝説が伝わる緒方家、左座家などは今も茅葺きの古民家のまま。

五家荘平家の里
名称 五家荘平家の里/ごかのしょうへいけのさと
所在地 熊本県八代市泉町樅木160−1
関連HP 八代市公式ホームページ
ドライブで 九州自動車道松橋ICから約45km
駐車場 60台/無料
問い合わせ 五家荘平家の里 TEL:0965-67−5372
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
せんだん轟の滝

せんだん轟の滝

熊本県八代市泉町を流れる小原川に架かる落差70m、幅10mの巨瀑がせんだん轟の滝で、「日本の滝百選」に選定。五家荘(ごかのしょう)では滝のことを「轟」(とどろ)と呼び、昔は滝の周辺に栴檀(せんだん)の大木が多数あったのがその名の由来なったも

樅木の吊橋

樅木の吊橋

熊本県八代市泉町、五家荘(ごかのしょう)にある親子吊橋が、樅木の吊橋(もみぎのつりばし)。あやとり橋(橋長72m・高さ35m)とその下方のしゃくなげ橋(橋長59m・高さ17m)の総称で、もともとは五家荘の生活道路の一部だったもの。地元の杉や

緒方家

緒方家

平家の落人伝説が残る熊本県八代市の五家荘(ごかのしょう)。五家荘の椎原(しいばる)地区にあるのが、緒方家。壇ノ浦の戦いで敗れた平清経の子孫という緒方紀四郎盛行(代々椎原を支配)が、江戸時代に暮らした屋敷を復元したもの。平成12年までは旅館と

左座家

左座家

平家の落人伝説が残る熊本県八代市の五家荘(ごかのしょう)。せんだん轟の滝に近い熊本県道52号(小川泉線)沿いにあるのが、左座家(ぞうざけ)。平家落人ではなく、平安時代に、菅原道真の嫡男が、藤原一族の追討を避けるため左座太郎(そうざたろう)と

梅の木轟公園吊橋

梅の木轟公園吊橋

平家の落人伝説が残る熊本県八代市の五家荘(ごかのしょう)。梅の木轟の滝(うめのきとどろのたき/落差38m)近く、谷内川に架かる吊橋(人道橋)が、梅の木轟公園吊橋。全長116mは、五家荘で最大。補助ロープや支柱を使用しないPC吊床版橋なので、

梅の木轟の滝

梅の木轟の滝

平家の落人伝説が残る熊本県八代市の五家荘(ごかのしょう)。平成元年10月に梅の木轟公園吊橋(うめのきとどろこうえんつりばし)が完成するまで幻の滝だったのが、梅の木轟の滝。国道445号沿いに梅の木轟公園が整備され、吊橋を渡れば徒歩5分で、梅の

 

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