西村さんのルーツを探せ!

西村さんに北村さん。東村さんに南村さん。
いかにも地名由来の姓のような感じだ。
本村から見て西に出できたから西村、そんな具合に本村から見た方向の東西南北に村をつけて、東村、南村、北村とそれぞれ地名が生まれ、その地名から苗字が生まれたわけだ。
東西南北の中では西村さんが断然多く、全国に31万人。それから北村さんの16万人、東村さんの4000人、南村さんの2000人と西→北→東→南と、偶然なのか必然なのか半減していくのだ。
本村に対し、西や北に人は定住し、東や南に住まないという地政学的な意味合いがあるのだろうか?

西村さんのルーツはなんと鉄砲伝来の種子島に!

西村姓の始まりは、清和源氏義家流新田氏族の新田能重が銃術修行のため鉄砲伝来の大隈国(現・鹿児島県)種子島(たねがしま)に渡り、西村(浦)に住んで家号にしたという。
または清和源氏岩松氏の流れとも。西村流砲術の元祖・西村忠次はその流れといわれ、天正年間に西村時玄は種子島の島主である種子島氏の家老を務めている。
また明治期の名ジャーナリストで、「天声人語」の名付け親・西村天囚(にしむらてんしゅう)もこの種子島の出身で、やはり祖先は西村織部丞時貫。
種子島西之本村(鹿児島県熊毛郡南種子町西之本村)。ここに鉄砲伝来時、西之村を治めていた西村織部之丞の屋敷跡地がある。西村織部之丞は、語学が大変達者で、明国船の乗組員と筆談したと伝えられている。

西村さんの先祖には芸術家が多い

西村氏は様々な分野で歴史に登場する。
織田信長の御用釜師として名人の評が高かった西村道仁(にしむらどうにん=西村家の始祖)は、京都の三条に住み、西村家は代々千家に出入りする釜師(茶釜を鋳る職人)として続いた。同じ京都の六条に「丁字屋」という書肆(しょし=書物を出版・販売する店)を構えていた西村家は代々九郎右衛門と称し、東本願寺の御用書肆であった。
西村九郎右衛門の10代目の三男・西村七兵衛は天保2年(1832年)、京に生まれ、暖簾分けして丁子屋七兵衛を名乗った。これが現在も続く老舗の仏教書専門出版社・法藏館(ほうぞうかん)で、社長も当然、西村さん。

そういえば、京都出身の俳人で本業は縫針問屋であった西村定雅(にしむらさだまさ)という人物もいたが、たしか浪費で破産したはず。
京から江戸に移れば、独特の漆絵と石摺絵を考案した浮世絵師の西村重長(仙花堂)がいる。

ところで美濃国に西村勘九郎正利という人物がいた。その名はたいして知られていないが、実は、西村勘九郎正利とは、やがて長井姓を名乗り、次に斉藤姓を名乗った下克上の斉藤道三その人である。もっとも、西村勘九郎正利という名前の前は松波庄五郎と名乗っていたというので、彼は果たして西村氏なのか、それとも松波氏、長井氏、斉藤氏なのか?
父は松波なので出自は松波家。長井氏家臣・西村氏の家名をついで西村勘九郎正利を称し、長井長弘を不行跡のかどで殺害し、長井新九郎規秀を名乗る。さらに美濃守護代の斎藤利良が病死すると、その名跡を継いで斎藤新九郎利政と名乗った──と下克上を絵に描いたように出生の度に姓を変えている。羽柴が豊臣に、松平が徳川になったように、戦国時代を生き延びる知恵だったのだろう。

兵庫や隠岐の島にも西村さんのルーツが

──甲斐国(現・山梨県)からは武田家3代目・武田信義の孫・一宮信賢を祖とする清和源氏武田氏族の西村氏が生まれている。
周防国玖珂(くが)郡西村を発祥とする西村氏は西村城(山口県岩国市錦町府谷西村)を居城としていたが、のち府谷八幡宮の神職となった。

伊勢国からは伊勢神宮の神職荒木田氏族の西村氏や、伊勢国司の村上源氏北畠氏族の西村氏がいる。
さらに、大和国式上郡西村を発祥とする西村氏は藤原氏流光岡氏族(奈良県桜井市では西村姓は18位)、出羽国からは斯波氏流の西村氏が、丹後国からは細川氏流の西村氏が、武蔵国からは丹治氏の末裔の西村氏が、摂津国からは渡来系氏族の坂上氏族の西村氏が、伊賀国からは服部氏族の西村氏が、阿波国からは小笠原氏族の西村氏生まれている。
このあたり、ルーツをたどるのは残念ながらかなり難しい。

──城跡としては但馬気多郡水生城(みずのおじょう=兵庫県豊岡市日高町)がある。水生城主が西村丹後守。天正8年(1580)織田勢の羽柴秀吉の第二次但馬侵攻で西村丹後守が籠もる水生城に但馬の軍勢は終結し、羽柴軍と激突している。
水生城は、八代川の北岸の丘陵に築かれた3つの山城の総称だ。山腹にある長楽寺(兵庫県豊岡市日高町上石661)から山道が山頂に通じている。長楽寺は行基の開山と伝わる古刹で、花弁が一枚ずつ散る「散り椿」で有名。秀吉に攻略された時、戦死者の霊を慰めるために植えられたと伝えられるもので樹齢は500年ほどの。一般に椿は花全体がポトリと落ちますが、長楽寺の椿は花弁の数が20枚近くあり、花びらが別々にポトリポトリとはかなく散っていくのだ。まさに戦死者を弔うかのように。花期は3月中旬〜4月。西村さんならこの時季に、ぜひ訪れてもらいたい。

西村神社としては、島根県の隠岐島に西村神社(隠岐の島町西村296-1)があり、西村神社祭礼の8月14日に限り西村神楽が奉納されている。
隠岐島の北に位置するから北村でもいいようだが、すぐ東に昔からの天然の良港の中村があるので、中村に対して、西側の村の意だろう。

熊本県球磨郡錦町西にも西村神社がある。一方、鹿児島県いちき串木野市に西村寺がある。

西村姓は滋賀県で大姓4位、京都で7位など近畿地方に多い。中国・四国・九州でもかなり見かけるが、東日本には少ない。

家紋は、清和源氏新田氏は丸に三つ柏、丸に藤巴、甲斐源氏は軍配団扇、丹治氏(丹党)は寓生(ほや)に対い鳩。他に、揚羽蝶、五瓜に四つ目、花菱、桔梗、藤、片喰(かたばみ)、三つ盛木瓜など。

 

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