厳島神社・大鳥居

厳島神社・大鳥居

安芸(あき=元・広島県西部)の宮島に鎮座する厳島神社は、社伝によれば推古元年(593年)創建という古社。海に浮かぶような現在の社殿配置は、久安2年(1146年)に平清盛が造営を行なっています。社殿から200m沖に建つ大鳥居は、宮島のシンボルともなっていて、現在の大鳥居は清盛が造営したものから8代目を数えます。

満潮時には海に浮かぶように見える宮島のシンボル

かつては海から参拝したので、この大鳥居が厳島神社の入口という意味合いもあったのです。

高さ16m、横幅24mの大鳥居は砂の中に埋めることなく自らの重みで建っています。
鳥居最上部の笠木の下の島木が実は箱になっていて、そのなかに玉石7トンが詰め込まれています。
つまり、この島木の詰石が重石(おもし)となって、その自重で立つ仕組みなのです。

足の部分も主柱・袖柱あわせて6本足で安定感を高めています。
柱と屋根の交差部分には特殊な造りの楔(くさび)を用いており、振動などによる柱と屋根の動き、ひずみをここで吸収、分散させているのです。

基本的な仕組は創建時と変わっていませんから、平清盛が考えた奇想天外な社殿や鳥居(両部鳥居)には、当時の最先端技術が取り入れられていると推測できます。

厳島神社・大鳥居

大鳥居は「日本三大鳥居」にも数えられる!

大鳥居に掲げられる扁額は、明治政府樹立時代に活躍し、戊辰戦争の東征大総督(指揮官)、西南戦争では戊辰戦争時の部下だった西郷隆盛を討伐する鹿児島県逆徒征討総督、日清戦争では参謀総長として広島大本営に駐在した有栖川宮熾仁親王(ありすがわのみやたるひとしんのう)の筆。

この厳島神社の大鳥居、満潮時には海に浮かぶように見えますが、干潮時には鳥居周辺まで歩いて行くことが可能。

ちなみに厳島神社の大鳥居は、木造鳥居として日本最大で、「日本三大鳥居」(吉野山・銅の鳥居、大阪四天王寺・石の鳥居)あるいは「日本三大木造鳥居」(春日大社の大鳥居、気比神宮の大鳥居)にも数えられています。

厳島神社・大鳥居
日本三大船神事の『管絃祭』(旧暦6月17日)
厳島神社・大鳥居
8月下旬の『宮島水中花火大会』

取材・画像協力/広島県

厳島神社・大鳥居
名称厳島神社・大鳥居/いつくしまじんじゃ・おおとりい
所在地広島県廿日市市宮島町1-1
関連HP厳島神社公式ホームページ
電車・バスでJR宮島口駅からJR連絡宮島航路または松大観光船で10分、宮島桟橋下船、徒歩15分
ドライブで山陽自動車道廿日市ICから約4.7km。または、大野ICから約5kmで宮島口
駐車場宮島口市営駐車場(166台/有料)・もみじ本舗駐車場(500台/有料)
問い合わせ厳島神社 TEL:0829-44-2020/FAX:0829-44-0517
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
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