日本アルプスは、イギリス人鉱山技師のウィリアム・ガウランド(William Gowland)が命名。北アルプス(飛騨山脈)、中央アルプス(木曽山脈)、そして南アルプス(赤石山脈)は、アルプスの名がピッタリの山容です。全国には「ご当地アルプス」も数ありますが、そのうちで最も標高が低いのが、鎌倉アルプスです。
日本アルプスの名はいつ生まれた!?

ウィリアム・ガウランドは、明治5年、明治政府の招聘で日本にやってきたお雇い外国人のひとり。
造幣寮で硬貨を鋳造するために化学者として来日していますが、明治21年に離日するまで余暇の時間を活かして各地を歩き、日本の古墳研究の先駆者にもなっています(その成果を論文として発表、「日本考古学の父」と称されています)。
アーネスト・サトウが編集した『明治日本旅行案内』(A handbook for travellers in central & northern Japan/A.G.S.ハウスと共編)の山岳についての記述を担当したのが、地質学にも精通するガウランド。
飛騨山脈について、「この帝国において、もっとも重要な場所であり、日本アルプスと呼ぶことも可能であるかもしれない(the most considerable in the Empire, and might perhaps be termed the Japanese Alps)」と記し、「the Japanese Alps」という表現を初めて使っているのです。
この「the Japanese Alps」は、後にイギリス人宣教師で登山家のウォルター・ウェストン(Walter Weston)、の著書『日本アルプスの登山と探検』(『Mountaineering and Exploration in the Japanese Alps』/明治29年、ロンドンで刊行)によって世界に広まっていきます。
現在、日本アルプスを目的に、多くの訪日外国人が来るのも、このガウランドとウェストンが、日本アルプスと名付け、イギリスに戻って王立地理学会で報告、それが定着したことが大きな理由にもなっています。
日本各地にご当地アルプスが

日本アルプスを目指した国内のアルピニストたちは、日々のトレーニングのため、地元の山々を「ゲレンデ」(岩場・練習場)として活用します。
地元の岩稜のある山並みは「アルプス」と名付けることも多く、富士山同様に郷土のアルプス、ご当地アルプスは全国に数あります。
古都・鎌倉を取り囲む鎌倉アルプス、関西では有名な須磨アルプス、奥武蔵には飯能アルプスもあります。
浜名湖の西、愛知県との県境は湖西アルプス、岡山県には和気アルプスがあります。
いずれも自然発生的で、とくに基準がないため、なかにはアルプスを実感できないケースもありますが、多くは岩稜、際立つ尾根線、展望の良さなどの共通点があります。
鎌倉アルプス(天園ハイキングコース)をご当地アルプスと見なせば、最高峰の大平山で標高159.4m、日本一標高の低い都市型アルプスといえるでしょう。
兵庫県の小野アルプスも「日本一標高が低い」と喧伝(けんでん)されることがありますが、最高峰は200m近いので、標高的には鎌倉アルプスということに。
すぐ近くまで市街化されていること、しかも古都にあることからも鎌倉アルプスの価値は大。
古都・鎌倉の散策にプラスして天園ハイキングコースを歩けば、鎌倉アルプス縦走となるのです。
建長寺と瑞泉寺、鎌倉で人気の寺を結んでのアルプス縦走も可能です。
山道なので、靴などの装備はしっかりとしてくださいと、地元鎌倉市が呼びかけるように、場所によっては危険もあるので、アルプスに挑む心構えも必要です。

| 【地図を旅する】vol.47 「日本一標高の低いアルプス」は、鎌倉アルプス | |
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