【地図を旅する】vol.47 「日本一標高の低いアルプス」は、鎌倉アルプス

日本アルプスは、イギリス人鉱山技師のウィリアム・ガウランド(William Gowland)が命名。北アルプス(飛騨山脈)、中央アルプス(木曽山脈)、そして南アルプス(赤石山脈)は、アルプスの名がピッタリの山容です。全国には「ご当地アルプス」も数ありますが、そのうちで最も標高が低いのが、鎌倉アルプスです。

日本アルプスの名はいつ生まれた!?

日本アルプスのシンボルといえば、マッターホルンを思わせる槍ヶ岳

ウィリアム・ガウランドは、明治5年、明治政府の招聘で日本にやってきたお雇い外国人のひとり。
造幣寮で硬貨を鋳造するために化学者として来日していますが、明治21年に離日するまで余暇の時間を活かして各地を歩き、日本の古墳研究の先駆者にもなっています(その成果を論文として発表、「日本考古学の父」と称されています)。

アーネスト・サトウが編集した『明治日本旅行案内』(A handbook for travellers in central & northern Japan/A.G.S.ハウスと共編)の山岳についての記述を担当したのが、地質学にも精通するガウランド。
飛騨山脈について、「この帝国において、もっとも重要な場所であり、日本アルプスと呼ぶことも可能であるかもしれない(the most considerable in the Empire, and might perhaps be termed the Japanese Alps)」と記し、「the Japanese Alps」という表現を初めて使っているのです。

この「the Japanese Alps」は、後にイギリス人宣教師で登山家のウォルター・ウェストン(Walter Weston)、の著書『日本アルプスの登山と探検』(『Mountaineering and Exploration in the Japanese Alps』/明治29年、ロンドンで刊行)によって世界に広まっていきます。

現在、日本アルプスを目的に、多くの訪日外国人が来るのも、このガウランドとウェストンが、日本アルプスと名付け、イギリスに戻って王立地理学会で報告、それが定着したことが大きな理由にもなっています。

日本各地にご当地アルプスが

鎌倉アルプスからの眺望

日本アルプスを目指した国内のアルピニストたちは、日々のトレーニングのため、地元の山々を「ゲレンデ」(岩場・練習場)として活用します。
地元の岩稜のある山並みは「アルプス」と名付けることも多く、富士山同様に郷土のアルプス、ご当地アルプスは全国に数あります。

古都・鎌倉を取り囲む鎌倉アルプス、関西では有名な須磨アルプス、奥武蔵には飯能アルプスもあります。
浜名湖の西、愛知県との県境は湖西アルプス、岡山県には和気アルプスがあります。

いずれも自然発生的で、とくに基準がないため、なかにはアルプスを実感できないケースもありますが、多くは岩稜、際立つ尾根線、展望の良さなどの共通点があります。

鎌倉アルプス(天園ハイキングコース)をご当地アルプスと見なせば、最高峰の大平山で標高159.4m、日本一標高の低い都市型アルプスといえるでしょう。

兵庫県の小野アルプスも「日本一標高が低い」と喧伝(けんでん)されることがありますが、最高峰は200m近いので、標高的には鎌倉アルプスということに。
すぐ近くまで市街化されていること、しかも古都にあることからも鎌倉アルプスの価値は大。
古都・鎌倉の散策にプラスして天園ハイキングコースを歩けば、鎌倉アルプス縦走となるのです。
建長寺と瑞泉寺、鎌倉で人気の寺を結んでのアルプス縦走も可能です。
山道なので、靴などの装備はしっかりとしてくださいと、地元鎌倉市が呼びかけるように、場所によっては危険もあるので、アルプスに挑む心構えも必要です。

鎌倉アルプスの岩場
【地図を旅する】vol.47 「日本一標高の低いアルプス」は、鎌倉アルプス
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
天園

天園

神奈川県鎌倉市と横浜市栄区の境、鎌倉アルプスを縦走する天園ハイキングコースの一角が、天園。武蔵、相模、伊豆、甲斐、上総、安房の6国が眺められることから六国峠とも呼ばれ、日露戦争の日本海海戦で連合艦隊を率いた東郷平八郎が「天国の園に遊ぶよう」

建長寺

建長寺

鎌倉五山の第1位の寺で、臨済宗建長寺派総本山が建長寺。禅宗に深い関心を寄せていた鎌倉幕府第5代執権・北条時頼(ほうじょうときより)が、宋からの渡来僧・蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)を招いて建長5年(1253年)に建立した、日本初の本格的禅道

瑞泉寺

瑞泉寺

富山県南砺市井波にある真宗本廟(東本願寺)の井波別院。南北朝時代の明徳元年(1390年)、本願寺第5代の綽如(しゃくにょ)上人が加賀・能登・越中・越後・信濃・飛騨から浄財を募って開基した真宗大谷派の寺で、後小松天皇の勅願所。開山以降、北陸の

ABOUTこの記事をかいた人。

アバター画像

ラジオ・テレビレジャー記者会会員/旅ソムリエ。 旅の手帖編集部を経て、まっぷるマガジン地域版の立ち上げ、編集。昭文社ガイドブックのシリーズ企画立案、編集を行なう。その後、ソフトバンクでウエブと連動の旅行雑誌等を制作、出版。愛知万博公式ガイドブックを制作。以降、旅のウエブ、宿泊サイトにコンテンツ提供、カーナビ、ポータルサイトなどマルチメディアの編集に移行。

よく読まれている記事

こちらもどうぞ