鬼の城公園
熊本県天草市五和町(いつわまち)にある鬼のテーマパークが鬼の城公園(おにのじょうこうえん)。旧五和町(平成18年に広域合併して天草市誕生)には、大昔、村人と仲良くしていた鬼がお坊さんと力を合わせて、村人を襲う大蛇を退治し…
熊本県天草市五和町(いつわまち)にある鬼のテーマパークが鬼の城公園(おにのじょうこうえん)。旧五和町(平成18年に広域合併して天草市誕生)には、大昔、村人と仲良くしていた鬼がお坊さんと力を合わせて、村人を襲う大蛇を退治し…
熊本県上天草市、白嶽(372.4m)の南中腹、矢岳神社の裏手にあるのが矢岳巨石群。雲仙天草国立公園内にある白嶽一帯50haは白嶽森林公園となっていますが、矢岳巨石群はの一部の巨石は、新石器時代から初期金属器時代にかけて築…
熊本県天草市天草町、天草西海岸の天草灘に臨む十三仏崎(じゅうさんぶつざき)の断崖上にある展望公園が十三仏公園。十三仏崎から北の下田温泉にかけて5kmほど続くダイナミックな海岸線、妙見浦を一望にする絶景の地で、仏教の十三仏…
熊本県天草市、天草西海岸の代表的な景勝地で、国の名勝、天然記念物に指定されるのが妙見浦。高さ20m~80mの海食崖の断崖が4kmにわたって連続し、ぽっかりと穴の空いた海食洞門も。南側に突き出した岬にある十三仏公園、北側の…
熊本県天草市にある代々庄屋を務めた高浜焼の窯元、高浜焼寿芳窯。宝暦12年(1762年)、第6代上田伝五右衛門武弼まで遡る高浜焼の元祖で、自社製の天然陶石を使い、白磁器を作陶。売店で販売されるのを購入できるほか絵付体験教室…
熊本県天草市にある高浜焼の元祖・上田家の邸宅が上田家庄屋屋敷。上田家は、大坂城落城後に信濃から天草・高浜に隠棲。万治元年(1658年)から幕末までは庄屋を務めていた名家で、天草陶石を採石し、高浜焼を創始しています(上田陶…
熊本県天草市大浜町に昭和26年に創建された本渡カトリック教会。敷地内に南フランスのピレネー山麓にある町ルルド(Lourdes)の奇蹟の霊泉を2分の1にしたルルドの洞窟があるほか、天草・島原の乱で亡くなった人々をカトリック…
熊本県山鹿市にある曹洞宗の寺、日輪寺(にちりんじ)。平安時代に天台宗の寺として開山、鎌倉時代に曹洞宗に改められたという古刹。中世から近世には、菊池氏、加藤清正、細川氏ら歴代の領主の庇護を受けて繁栄。昭和44年、裏山でツツ…
熊本県山鹿市にある最澄(伝教大師)が開山したと伝えられる古刹、相良寺(あいらじ)。比叡山延暦寺の末寺で、地元では「相良の観音様」として親しまれる寺。もともとは寺の北に聳える岩山「こころみ岳」にあったと推測されてていますが…
熊本県菊池市に鎮座し、建武中興で活躍、南北朝時代に南朝方についた菊池氏を祀る菊池神社。明治3年に菊池城本丸跡に創建されたもの。主祭神は第12代菊池武時(きくちたけとき)、第13代・菊池武重、第15代・菊池武光。菊池神社歴…
熊本県山鹿市にある山鹿羊羹(やまがようかん)の製造販売元が老舗上村屋(しにせうえむらや)。山鹿羊羹は、こし餡をやわらかい求肥で巻いた物。羊羹というより細長い大福といった感じで、明治初年の誕生当初は「巻き羊羹」と呼ばれてい…
熊本県山鹿市にある明治29年創業の地酒の蔵元が千代の園酒造。全国新酒鑑評会金賞受賞の常連という銘酒を醸す酒蔵で、大吟醸酒から吟醸酒、純米酒、本醸造種、レギュラー酒、料理酒、熊本ならではの赤酒、本みりん、芋焼酎と種類も豊富…
熊本県山鹿市にある江戸時代後期、天保13年(1842年)創業という老舗の麹(こうじ)専門店、木屋本店(きやほんてん)。伝統の無添加麦つぶ味噌、県産肥後米と麹を使った昔ながらの甘酒、甘酒麹、ジャム感覚でパンにぬったり、 ヨ…
熊本市中央区安政町にある昭和9年創業の老舗中華料理店が紅蘭亭下通本店。熊本名物「太平燕」(タイピーエン)のルーツとして知られている名店です。太平燕は、もともと中国福建省福州の郷土料理。明治時代に福建省から九州に渡ってきた…
熊本県熊本市中央区にある朝鮮飴の店が老舗園田屋。戦国時代末期の天正年間(1573年~1592年)に初代・園田武街門が創製したのが朝鮮飴。当初は肥後飴または長生飴と称していましたが、加藤清正の朝鮮出兵(文禄、慶長の役)の際…
熊本県熊本市国府にある熊本名物のいきなり団子の専門店が華まる堂国府本店。国府本店は、工場兼店舗なので手作りされたできたてが味わえるのです。夏場は「冷しいきなり」も人気です。これは冷凍されたいきなり団子で、半解凍でも完全解…
熊本市中央区水前寺にある夏目漱石が熊本で住んだ三番目の家が夏目漱石第三旧居・大江の家。熊本の第五高等学校(現在の熊本大学)の英語教師として赴任した明治の文豪・夏目漱石は引っ越しが大好きで、熊本市内でも点々としています。現…
熊本城の東、熊本県熊本市中央区千葉城町にある宮本武蔵ゆかりの史跡が武蔵の井戸跡。晩年の武蔵が暮らしたのは熊本城の東、千葉城の跡。旧NHK熊本放送局(平成29年移転)の駐車場の隅に武蔵が使ったとされる井戸の跡が残っています…